2004/11/18

人間の安全保障ユニットとOCHA

田瀬さん、NY国連フォーラムの皆さんへ

丁寧な解説有難うございました。

話は少しずれますが、国連人間の安全保障ユニットをOCHAに入れた背景はどのようなものなのでしょうか。OCHAに入れてしまったことで何か人間の安全保障自体が人道支援を扱うのみの概念、或いはプログラムとみなされてしまうのではないかと考えたりもします。

紀谷さんのActionAidの言及に便乗して言えば、いっそうのこと人間の安全保障基金をNGOとして立ち上げても良かったのではないでしょうか。Global Fundのように国際機関としてしまうというのは少し行き過ぎでしょうか。

差しさわりの無い範囲で教えていただけましたら幸いです。

早川

3 Comments:

At 10:59 PM, Blogger Team UN Forum said...

早川さん、NY国連フォーラムの皆さんへ
 早川さんの質問に私が答えるのもややでしゃばりかな、とも思いましたが、私の見方をお伝えしたいと思います。田瀬さん、間違っていたら修正・補足してください。

<質問:話は少しずれますが、国連人間の安全保障ユニットをOCHAに入れた背景はどのようなものなのでしょうか。OCHAに入れてしまったことで何か人間の安全保障自体が人道支援を扱うのみの概念、或いはプログラムとみなされてしまうのではないかと考えたりもします。>
→確かに、OCHAに担当を移動させた時に、いろいろな国際機関から、OCHAに担当させると人道的側面しかやらないのではないか、人間の安全保障基金は人道的側面に限られるものではないはずである、等のコメントがあったようです。OCHAに移動させた背景としては、それまでは財務官室が基金の運営を行っていたのですが、財務官室の審査に時間がかかりすぎ、かつ出されるコメントが財務的な観点からのものに限られていないと言うことで、各機関が不満を持っていた、ということにあると聞いています。そこで、基金を担当させるとして財務官室ではなくどこの部署が良いのか、ということに対し、事務総長オフィスはOCHAを指定した、ということであります。なぜOCHAであったのかというところまでは私は承知しませんが、少なくともOCHAにしたのは日本政府の選択ではありません。今はとにかく、OCHAが担当していても、それは便宜的なものであって、人道支援に限られるわけではない、と説明しています。

<質問:紀谷さんのActionAidの言及に便乗して言えば、いっそうのこと人間の安全保障基金をNGOとして立ち上げても良かったのではないでしょうか。Global Fundのように国際機関としてしまうというのは少し行き過ぎでしょうか。>
→まず、事実関係として、Global Fundは、国際機関ではなく、スイス国内法人であり、NGOのようなものです。正式に国際機関とするためには、関係国の協定によって作られる必要があります。基金は、日本政府が5億円を拠出して単独で始めたものですので、国連に対する信託基金としたものです。Global Fundの例を見ても判るように、他に考えを同じくし、拠出する意図を持つドナーがいれば、国際機関、あるいはNGOを作る選択肢もあったのでしょうが、始まりが日本単独で、他の国を誘うと言うことはしなかったので、必然的に信託基金になってしまったものです。今後、もし他にドナーが増えていけば、独立の機関とする可能性もないわけではありませんが、そうすると事務局を別途作らねばならないということと、いったん国連事務局に委託してしまったので、そこからひっぺがすというのはなかなか難しいことではないかと思います。

外務省国際社会協力部政策課長 南  博

 
At 11:01 PM, Blogger Team UN Forum said...

南課長、早川さん、紀谷さん、そしてNY国連フォーラムの皆さん

はじめまして。OCHAの人間の安全保障ユニットでアシスタントをしております長島由華と申します。先週から田瀬さんは、インターネットへの接続環境があまり良くなく投稿が難しい状況にいらっしゃるので、代わりにといってはたいへん失礼ですが、私もほんの少しだったら参加できるかなと思って書かせていただきます。

南課長がおっしゃっていた通り、人間の安全保障諮問委員会と国連・人間の安全保障信託基金の機能がOCHAに移されたことに対し、他の国連機関そして諮問委員会内からもいくつか疑問の声が上がりました。その中には、早川さんがおっしゃっていたように人間の安全保障が人道支援を扱うのみの概念だと捉えられてしまうのではという懸念もありました。

しかし!これは、まさに現在の人間の安全保障ユニットの使命の一つなのです。やっぱり、もっともっと「人間の安全保障」という概念の普及と定着化が必要なんですね。

人間の安全保障とは人道支援に限られるものではなく、保護と能力強化を通じて人間が恐怖と欠乏から自由になれる環境、つまり生存や尊厳を脅かされないで生活できるようなシステムを作るにはどうしたらいいのかという、まさしく田瀬さんがおっしゃっていた方法論なのだと思います。これを正しく伝えていくのが、私たちの役目でもあるわけです。このような概念が定着して広く知れ渡るようになれば、OCHAに属してようがどこであろうが関係ないんですよ(とはいっても、マンデートを考えるとやっぱりUNDPやUNHCRよりもOCHAが一番しっくりいくかなとも思いますが・・・)。たまたまOCHAに入ってしまいましたが、だからといって人間の安全保障の概念や、ましてや信託基金のプロジェクト評価の基準が変わるわけではありません。

人間の安全保障という概念が難しすぎて分かりにくいといった声を、いまだにいろいろな所から耳にします。本当はそんなに難しいものではないのですが、実はそれはまだ私たちの普及活動が甘いというお叱りのお言葉かな、とも思います。これからも人間の安全保障を浸透させていく努力を続けますので、皆さん、どうぞよろしくお願いします。

ちなみにOCHAになって分かったこと。国連は、機関によって文化がかなり違うということですね。1年半前に国連で働き始めるまでは、こんなこと想像もしていませんでした。委員会と諮問委員会の時はUNOPS(国連プロジェクト・サービス機関)に事務的なことをお世話になっていたのですが、OCHAに移行して一番大変だったのが、この文化の違いに慣れることでした。これについてはかなり面白くなると思うのでぜひまた新しい議論を立ち上げましょう!

最後に、一つお知らせです。先日ニューヨークのフォーダム大学出版社から、故セルジオ・ヴィエイラ・ディメロ国連事務総長特別代表へのトリビュートとして"Human Security for All"と題される本が出版されたようです。これは、2003年12月にフォーダム大学において、フォーダム大学とOCHAによって共同開催された同名シンポジウムでの議論とプレゼンテーションを集約したものだそうです。わたしはまだ読んでいませんが、そのシンポジウムに出席された緒方貞子さんがセルジオの死を悲しむお姿、そしてその他出席者の議論が、人道支援関係者が直面する危険性とジレンマとそれらの対応の可能性だけに留まってしまい、それを人間の安全保障にどうつなげていくかを提示したのはやはり緒方さんだけだった、ということだけを覚えています。緒方さんのプレゼンテーションも、この本に掲載されているそうです。

取り止めがなくなってしまい、すみませんでした。

長島由華

 
At 2:20 PM, Blogger Team UN Forum said...

早川様、国連フォーラムのみなさまへ。国連人間の安全保障ユニットの田瀬より。

ビザ更新のためカナダのハリファックスまで行っており、しばらく投稿できず失礼しました。今回図らずもNYとハリファックス間往復2000マイルを運転することとなり、米国とカナダの国土の広さを再認識するとともに自然を堪能してきたところです(超寒かったですが)。

さて、なぜ人間の安全保障ユニットがOCHAにあるのかについて、外務省の南政策課長が既に答えておられ、当ユニットの長島職員も回答してくれているので、これを補足する形で説明いたします。外交上機微なところは飛ばします(笑)。といっても秘密にすることはあまりありませんが、ちょっとした外交交渉の舞台裏、くらいの経緯はあると思います。ご参考になれば幸いです。

(1)昨2003年11月に「人間の安全保障諮問委員会」第一回会合が開催されるまでは、人間の安全保障基金の審査・運営等は国連側では財務官室が担当していました。しかし、財務官室というのはいってみれば「会計課」みたいなところでサブの専門性は組織として存在しないので(どういうプログラムが有効なのか。第二委員会や第三委員会との整合性はどうか等は判断できない)、以前より審査体制や審査基準に対する不備が指摘されていたわけです。

(2)こうした状況を踏まえ、諮問委員会で国連事務総長室より、「財務官の審査権限は財務的側面に限りたい」との提案がありました。これは日本政府にとって実はちょっとした驚きで、それでは実質的側面の審査は事務総長室が直接やる気なのかなと当初は思いました。しかし、その後の事務総長室の検討結果は、(イ)事務総長室が審査を担当することは、SGに権限を集中させないという国連改革の流れに反する、(ロ)事務局の中で人間の安全保障のサブスタンスの調整に最も近いマンデートを有するのはOCHAである、ということでした。日本政府部内でも賛否両論ありましたが、事務総長室の検討結果を尊重する形でこれを支持し、それで今年の1月に事務総長室よりOCHAに基金の運営を担当するよう指示が下りました。この過程では緒方貞子議長にも相談してきました。

(3)この後、今年の春までに、日本政府と事務総長室及びOCHAの累次の話し合いの中から、「人間の安全保障ユニット」の設立というアイディアが浮上します。これは正確には、単に基金の審査を担当する部署を作ろうということではなく、(イ)人間の安全保障基金を担当するポスト(財務官室にあったもの)と人間の安全保障委員会を担当するポスト(組織的にはUNHCRの下にあったもの。両方原資は人間の安全保障基金)を統合し、(ロ)人間の安全保障委員会で紡ぎ出された概念を基金という資源を使って具現化する、ということを目的としたものです。5月にOCHAから日本政府に対してユニット設立の提案がなされ、6月の諮問委員会で承認を受け、9月にユニットが活動を開始しました。ですからユニットの活動の原資は人間の安全保障基金です。

(4)このように、最初の一歩は事務総長室が踏み出したものであり、これを日本政府が支持する形で物事が具体化してきています。この背景には、事務総長室が人間の安全保障概念を強くサポートし、国連の活動の中で主流化していこうとの意思が伺えます。事務総長室が諮問委員会等の場でこれまで何度も、「人間の安全保障基金は将来的にはマルチドナー化されるべきだ」と述べてきているのにはそうした理由かと思います。事務総長室もいくつかの途上国がこの概念に強い疑念を唱えていることは知っていますが(キューバやブラジル、インドなど)、それを踏まえて、なお国連に取り込んでいこうとしているわけですから、それだけ理解は深いものであると思います。

(5)国連事務局に「人間の安全保障」と名のつく部署ができたこと自体、日本外交にとっては大きなゲインであったと私は思います。国連と日本の今後の課題は、このコンセプトを国際社会の中でより役立つ概念、行動を起こすときに具体的に規範となる概念として育てていき、加盟国や市民社会の中に浸透させていくことだと思います。このためには、カナダをはじめとする関係国や、アフリカ・中南米等の途上国とも精力的に対話を行なっていく必要があるでしょう。ユニットはこれからたいへん忙しくなる予定です。

以上また読むのに3分を越える分量だったかもしれません。申し訳ありません。

それではまた投稿いたします。

 

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