2004/12/31

インド洋の地震と津波被害に国連はどう対応しているのか

皆さん、ユニセフの久木田です。

大変なことになりましたね。現時点でも死者が10万人を超え、被災者は数百万人に達する未曾有の被害が出ています。今後保健サービスや飲み水の供給などが遅れると伝染病の拡大で被害はさらに大きくなります。このような事態に国連はどう対応しているのでしょうか。ニューヨークのユニセフ本部から見えるところを報告します。

私が大きな地震がスマトラ沖で発生したのを知ったのは、26日日曜日自宅でいつものようにウェッブのニュースを見ていたときです。BBCのBreaking Newsでした。早速、ユニセフのイントラネットにつなぐとすでにユニセフ緊急オペレーション・センター(OPSCEN)から五通の報告メールが入っていました。津波の被害が広がると、瞬く間に各国のユニセフ事務所からSituation Report(状況報告)が入り始めました。Sitrepのフォーマットはどこも同じで、状況、ニーズ、政府の対応、ユニセフの対応、国際社会の反応、それに職員の安全確認などが一日に二度以上出てきます。

ユニセフではCore Commitment for Children in Emergencies (CCCs)という緊急時に子どものために行う最低限のコミットメントと初動原則があり、48-72時間以内に行うこと、最初の6-8週間に行うことが決まっています。 <http://www.unicef.org/emerg/files/CCCEMERG_E5.pdf> また、各国の事務所ではEmergency Preparedness Planというのが毎年策定され、緊急時に即、的確に反応できるようにしてあります。ほとんどの場合、以下のようなパッケージが子どものために必要になりますので、すぐにある程度の量を発注しますし、人と資金の手はずを整えます。(はしかの予防接種、必須医薬品と緊急保健キット、強化栄養食品、毛布やテント、調理具、飲み水、殺菌用漂白剤、水入れ、石鹸、トイレ、子どもの保護、家族との再会、学習空間、学習キット、登校の再開)

翌日27日月曜日、休暇を返上して本部に入りました。いつもより少ない人数ですが、すばやく動いています。9時に緊急幹部会議があり、朝7時の被災国事務所、地域事務所、ジュネーブとを結ぶ電話会議をもとに対応策が話され、今後の方針が確認されました。私のセクションでも9時半にブリーフィングがありました。10時には日本政府国連代表部から電話があり、各国連機関の状況分析、対応、今後の活動などについて、夕刻までに報告してくださいと言う依頼がきました。12時前には、スリランカ、インドネシア、モルジブ、マレーシア、東アジア太平洋地域事務所からの報告をまとめて代表部に送りました。夕方までに入ったインドを含めたUpdateを代表部の送りました。

28日火曜日には、だんだんと各国の状況がわかってきましたが、被害が大きかったと思われるインドネシアのアチェやミャンマーの南部、アンダマン・ニコバール諸島などの様子がまだよく分かりません。スリランカ、インドネシア、モルジブについては、至急必要な支援の内容が送られてきました。スリランカでは、ベルギー空軍の輸送機を使って、ドバイにある緊急用倉庫から45トンの緊急物資を輸送する手はずを整えました。緊急支援では状況判断が必須ですが、すべてが分かるまで待っていては手遅れになるので、ユニセフ事務所は所長の判断で、手持ちの資金や物資の一部を使って即支援を始めることがあらかじめ許可されています。国連全体としても、またユニセフにも緊急用の回転資金があり、すぐに対応が必要なときにはこれを使って、ドナーからの資金援助を待ちます。この日、日本からの31億円の支援の表明があり、緊急援助隊の派遣も決まり、スリランカには一番乗りをしました。

国連内の緊急援助調整システム

緊急事態で必要なのは、まずどう対応するか、これまでの経験に基づいて作られた基本原則と、支援ニーズや輸送やコミュニケーションなどの支援実施に関する情報と判断です。この情報収集は、様々な機関がそれぞれ行うと同時に、情報を取りまとめ使いやすくまとめる機能が必要になります。国連では、人道問題調整官事務所(OCHA)がこのような事態の全体の調整を行うことになっていますが、OCHAはreliefwebというサイトを運営して、緊急時の情報提供もしています。<http://www.reliefweb.int/w/rwb.nsf> ここに行くと各機関からの報告をとりまとめた状況のアップデートや分かりやすい地図などが手に入ります。

さらに各国では、国連のResident Coordinatorシステムがあり、その下で、UNDP, UNICEF, WFP, WHO、UNHCRなどすべての国連機関がUN Country Teamを形成し、協力と調整をしています。緊急時にはUNCTが共同で状況分析を行い各機関の対応を決めます。今回のように大きな事態の場合は、国連本部からのチームが派遣されUNCTと状況分析をします。

状況分析が進むと各機関はそれぞれのアピールを用意し、それをOCHAがまとめて、国連の統一アピールが出されます。現在の予定では、1月5日にアピールがまとまることになっています。ただ今回のように一刻を争う事態のときは、ドナーからの支援をアピールが出る前に受け取ることもできますし、正式アピールの前にDonor Alertを出して、状況の説明や支援ニーズなどを伝えることもできます。ユニセフの場合にはCCCsがありますので、国連内の調整プロセスに従う一方、できることを平行して行うというのも事実です。

さて、このようにして支援が届きだすと、人や物資をどのようにどこに送るのかが問題になります。緊急物資のうち、食料についてはWFPが中心になり計画します。また、それ以外の保健、水、衛生、教育などの物資の調達はユニセフが中心になります。様々な物資を受け入れから、判別、貯蔵、搬出するには専門の知識が必要なので、国連ではJoint Logistics Center(JLC)を組織して大規模な支援活動のロジを調整しています。<http://www.unjlc.org/content/index.phtml/itemId/5478> たとえば、コロンボでは、物資を搬入した輸送機は駐機を許されませんから、そのための輸送プランを出させるようにしています。また、インドネシアのメダンはパンクしそうですし、ジャカルタもそうなりそうなので、クアラルンプールとバンコクにまず搬入し、マレーシアとオーストラリアのC130を使ってバンダ・アチェやメダンにピストン輸送するというようなアレンジをやっています。

このような緊急時には経験のある人材が必要ですが、それを確保することも各機関には必要になってきます。ユニセフでもこのような事態のために登録制度があり、短期的なサージ・キャパシティーを確保していますが、今回のような広範で大きな緊急事態ではそれ以上の人が必要です。ユニセフではそのため、非常事態宣言を内部で行い、人と資金とサービスの優先順位を変えました。余談ですが、緊急時に困ることに、役に立たない人や組織が善意と好奇心で押し寄せることです。大変なときに、このような人々にどう対処するのかも緊急時のノウハウのようです。役に立たない物資と言うのもあって、これもこまります。たとえば、ムスリムの国にとんこつラーメンのような。

さて、この未曾有の事態、年末年始もありません。また、報告いたします。

久木田

12 Comments:

At 1:53 PM, Blogger Team UN Forum said...

みなさま、はじめまして。北京のUNDP(正確にはUN Resident Coordinator's Office)の三浦順子です。RC Office にて国連コーディネーションアナリストをしております。

今回の被害、大変心が痛みます。久木田さんをはじめとして、休暇を返上して救援に関わられている方々に敬意を表します。久木田さんの、国連の対応プロセス大変参考になりました。以下、私見を述べさせてください。

1月6日のインドネシアでの緊急首脳会議を目前にして、日米、オーストラリア、インドの四カ国により「コア(中核)グループ」を創設して被災地救援・復興に当たろうとしているアメリカ側と、国連中心主義を唱える欧州側とで支援体制の違いが徐々に露呈してきているようですね。ここでもイラク戦争からの欧米の姿勢の違いが反映されているようです。国連中心主義の体制をより強固なものにするためか、アナン事務総長がUNDP総裁マーク・マロック・ブラウン(MMB)を新官房長に採用、一緒にインドネシアの会議に参加する予定です。MMBは開発グループ(UNDGO)のHeadでもあるので、UNDPだけでなく国連システム全体を引っ張っていく権威とコーディネーションの実力があるひと。被災国および援助国の多さおよびコーディネーションの重要性を考慮すると、欧州が主張するように国連主導で支援を進めるべきなのかもしれません。ただし、それは日本の二国間援助を軽視するものではありません。地震・津波の早期警報システム構築への援助など、地震・津波多発国でノウハウも豊富な日本が技術協力分野において果たす役割はかなり大きいと思います。

全体的な支援の枠組みは6日の首脳会議と11日の国連主催のジュネーブでの閣僚級会議で明らかになってくるかと思いますが、ただの復興支援で終わらせないためにも、今後長期的かつ戦略的にdisaster reductionの重要性を訴えていく必要性があるかと思います。たとえば、ミレニアム開発目標にGoal 9としてdisaster reductionを加える、また「人間の安全保障」の重要なコアバリューとするなど。念のために、2003年の人間の安全保障委員会の最終報告書の要旨を読み返してみましたが、やはり災害による被害削減はあまり述べられていませんでした。人間の安全保障基金でどのくらい、自然災害の早期警戒措置および予防措置に配分されているのか、もしご存知の方がいらっしゃったら教えてください。今回、この地域の緊急復興支援のため、Consolidated Appealがでることになりますが、それとは別として普段から世界すべての地域で長期的な早期警戒システムの構築などに支援の目が向けられなければなりません。そのためにも世界共通の目標としてdisaster reductionが掲げられなければなりません。1989年国連は、1990年を「自然災害削減のための10年」とし、事務局も設立されましたが、それを達成する具体的な目標やタイムテーブルが設定されなかったと聞きました。

アナン事務総長によれば、復興には5-10年かかります。それは被災国を元の状態に戻すのではなく、自然災害に強いシステムを備えた国として再建することを目指しているのだと思います。ミレニアム開発目標の「Goal 9」として実現可能かどうかについて言えば、日本人的感覚からすると「今から付け加えるなんて無理だよ」と笑われそうですが、政治的に加えるのが難しかったconflict prevention & conflict reductionに比べてはるかに国連加盟国に受け入れられやすいと思います。また、人間の安全保障を推進している日本は、今こそこの理念を積極的に活用し、災害による被害削減に戦略的に取り組み、逆にまたこの問題を人間の安全保障として取り組むことによって、この理念・概念を普遍化し、世界の人々に認知されるようになると思います。

それでは、また。

三浦順子

 
At 9:20 AM, Blogger Team UN Forum said...

三浦さん、

コメントありがとうございます。「コア・グループ」と欧州側の考えやアプローチの違いに加え、アチェやスリランカのLTTE支配地域などへの政治的思惑、アンダマン・ニコバール諸島やミャンマー南部など少数民族地域への対応、被援助国になりたくない事情などが、被害の大きさとロジの困難さなどと重なって、大変複雑な状況です。これらを乗り越えて、支援をできる限り早く効果的に被災者にとどけるよう結束することができるかどうかが国際社会の課題です。

私は資金調達とパートナーシップが仕事ですが、日本との交渉は今日までに一段落しましたので、明日からタイ、インドネシア、スリランカに緊急資金の調達とドナーとの調整の応援にでるところです。被災地へも直接入る予定です。三週間の日程で、帰りには東京に寄って報告をしたいと思っています。

今回の緊急事態へは、日本の5億ドルを筆頭にすでに20億ドルもの資金提供がなされており、それをどう柔軟かつ効果的に使うのかが課題になると思います。ユニセフへも世界中から資金提供があり、短期に必要な資金は確保できています。明日6日、アナン事務総長がフラッシュ・アピールをジャカルタで出すことになっていますが、今後6ヶ月の当初見込みですので、この後、さらにアセスメントが進めば、資金需要はかなり大きくなりそうです。日本政府の5億ドルは正味があるのだと思いますが、米国の3.5億ドルは中身がわかりませんし、世銀の二億ドルもいつ出るのか、また新たな資金なのかわかりませんから、どのくらい効果的な資金なのか注意深く見守る必要がありそうです。

資金調達の分野で今回一番驚いたのは、インターネット募金の威力です。ユニセフのサイトにはこの年末に数十万人のアクセスがあり、約二千万ドルの寄付がありました。あまりの多さにサーバーを別立てにして、なんとかしのいだと担当者が言っていました。日本のサイトへもたくさんのアクセスがあったようで、ODA批判や不要論とは別に、一般市民の国際社会への関心と支援は大変強いものがあると思います。JICAの鈴木さんから以前ODAの数値目標の話がありましたが、この国民の強い支持をなんとかODAに反映させたいものですね。

それでは、次回は現地からの報告をしたいと思います。

久木田

 
At 7:10 PM, Blogger Team UN Forum said...

北京UNDPの三浦さん、久木田さん、フォーラムのみなさま。

三浦さん、意義深い投稿ありがとうございます。また、久木田さんは今ごろ現地に向かう途次かと想像しますが、今回の緊急支援への努力に敬意を表します。私のところでは人間の安全保障基金の運営をやっていますので、その視点から、私見ではありますが一言述べさせて頂ければと思います。

私も三浦さんのご意見の通り、今回の津波被害への救援と復興にあたっては「人間の安全保障」概念が大きな役割を果たす余地があるのではないかと思っています。これまでは緊急医療・食糧支援等に焦点が当たってきましたが、すでに中長期的な保健衛生の問題やインフラ、経済復興の問題、さらには児童の保護や国際組織犯罪との戦いや宗教の問題にまで議論の視野が広がってきています。そして、これらの問題の相互連関に注意を払いつつ、国際社会が一丸となって支援を統合させていく必要があるという意味で、今回の津波被害とその支援は極めて「人間の安全保障」的な問題だと思います。

「人間の安全保障委員会」の報告では自然災害への対応にはあまり多くのページは割いていませんが、アマルティア・セン教授は「人々をとりまく状況の急速な悪化」を国際社会として予防し、そしてそれが起きたときに彼らの生存・生活・尊厳を確保することが人間の安全保障の要諦であると論じてきており、この視点は報告書全体に反映されていると思います。また、こうした「リスク」に目を向けることが、「前向き」な人間開発を補完する視点であるとも述べてきています。元々のモデルは97年にタイで起きた通貨危機だったのですが、今回の津波、まさにこうした視点から取り組む問題ではありませんか。

こうした観点から、近く(来週には)発表予定の人間の安全保障基金の新しいガイドラインには、優先分野として「自然災害対策」に対する投資が新しい項目として追加されています。これまで同基金では必ずしも自然災害対策に多くの投資を行なってきたとは言い難いのですが、私としては、今後、国連と日本政府が協議していく中でより多くの効果的な支援をこの基金からも行なうべきだと思うし、日本や国際社会が、人間の安全保障概念を活用できるところでは最大限に活用して、津波被害を受けた人々の支援にあたるべきと考えます。そしてこのために私ができることは最大限やろうと思っています。

それではまた投稿いたします。失礼します。

国連事務局人間の安全保障ユニット 田瀬和夫

 
At 12:35 AM, Blogger Team UN Forum said...

三日前の深夜にバンコクに着きました。忙しくしていて、報告が遅れました。

その間、一月六日のジャカルタでの会議も行われ、アナン事務総長からフラッシュ・アピールも出されました。当面六ヶ月の救援活動に約10億ドルが必要ということになりました。SG(事務総長)の後ろにWHO、UNDP、UNICEF、WFPなど諸機関の長が並び、国連の意気込みが伝わったのではないでしょうか。SGは、ジャカルタの後アチェやスリランカを訪問しているのはご存知の通りです。BBCを見ていて感心したのは、SGと世銀のWolfensohn総裁とがいつも一緒に回っていたということです。これから両者が協力を強化することの証となるのでしょうか。ユニセフのベラミー事務局長はジャカルタの前にスリランカ、インドネシアと一足先に回りましたので、NHKやCNNなどでごらんになった方も多いと思います。実は、彼女が出発したときには、ジャカルタ会議の話は確定していませんでしたから、本当にちょうどいい日程でジャカルタに行ったということでしょう。

前回でたコア・グループと国連の調整の件は、今後国連主導で行うということで合意ができ、ほっとしています。イラクの時のようにアメリカを中心とするグループとヨーロッパが割れるのは避けるべきだとの判断だったのでしょう。ただ国連のほうは、動きの速かったコア・グループと協力しなかったのではなく、初期の段階で、OCHAのJan Egelandから、コア・グループとの調整をどうするのか各機関には通達がありました。軍隊の装備や人員を使う時には国連の活動と各国の軍隊の活動との区別をはっきりすると言う基本原則がありますが、今回は明らかに軍事的なリソースの利用が必要であるとの判断でしたから、通達の内容には、いつもより明快に協力の体制作りが示されていました。タイのウタパオ基地を中心とした協力がどうなっているのかについては最初のメールに書いたようにUNJLCのサイトを見てください。ちなみに、八日付けのBulletin #10ではスペイン政府がヘリ12機とC130二機を提供したとの記事の下に、日本政府からC130一機の提供があったが、ScopeとTaskingの折り合いがつかず断ったと書いてあります。以前日本政府の担当者と話したときに、ほんの少しの期間でも機体を白く塗りUNのマークを入れないといけないし、ペンキが結構重いんですよね、といっていたのを思い出します。今回のはどういう理由だったのでしょうか。

ここ数日は、バンコクにあるユニセフの東アジア太平洋地域事務所(EAPRO)でインドネシア、タイ、ミャンマー、マレーシアの資金需要と活動の調整を見ています。かなりの人数が現場に出ている中、本部の出張サービスということで喜ばれています。チャオプラヤ川沿いのすばらしいところにあり、忙しい中時々眺めに見とれています。ただしばらく見ていると、「行く川の流れは絶えずして」と方丈記の心境にもなります。

タイでは、資金供与はいらない、技術協力にしてほしいと言うタクシン首相の主張がありますが、ミャンマーからの未登録移民の問題やその他オフィシャルな支援が届きにくい人々もいて、ユニセフにとっても国の意思を尊重しながら活動をしていく難しさがあります。同様に、ミャンマーでも現地でのユニセフのアセスメントの結果、死者の数は大きくありませんが、被害を受けたコミュニティーの対応能力や基本的な社会サービスなどについては中央と地方との大きな較差が浮き彫りになっています。津波の被害とその対応が乳幼児の死亡率や就学率などに影響することは必至です。これをどう改善していくのか思案のしどころです。

田瀬さん、自然災害も人間の安全保障基金の支援対象になるとのこと、こころ強く思います。確かに、アチェでは津波の被害を受け孤児となった子どもたちが人身売買目的でさらわれる危険性があるというニュースや、上記のようなことがあちこちで起こっていますので、ニーズはありますね。新しいガイドラインもお待ちしています。

12日水曜にはジャカルタに移動の予定です。

久木田

 
At 1:56 PM, Blogger Team UN Forum said...

NY国連フォーラムの皆様

はじめまして。現在、大学2年生の吉川と申します。
いつもMLを通して皆さんの考えを少しでも理解しようと努力しています。
簡単に自己紹介としては、ユース・エンディング・ハンガーと呼ばれる学生国際NGO
で日本の副代表を現在しております。今は、大学2年生ですが今年の4月より京都の私
立大学に再入学するので4月からまた1年生です。

若輩者ですが、宜しくお願い致します。
さて、今回は僕が入っているMLに流れてきた世界食料機関(WFP)の国内の活動の流れ
を転送します。ご興味がある方は是非。

スマトラ沖地震と津波被害の被災者救援募金呼びかけへの反響に、国連WFP協会(横
浜市西区みなとみらい1-1-1 事務局長代行:島崎亮平)は対応に追われている。国
連WFP協会はWFP 国連世界食糧計画を支援し、日本における民間支援の窓口を担って
いるNPO法人。

WFPでは、この度のインド洋津波被災者の緊急援助活動にいち早く取り組み、甚大な
被害を受けた各地域の被災状況を把握するとともに、コメ、ビスケット、麺類や飲料
水などの配給を行っている。被災者への食糧支援を今後も継続的に行うため、WFPは
多額の資金を必要としている。先にジャカルタで行われた被災国支援緊急首脳会議に
おいて、ジェームス・T・モリスWFP事務局長は、200万人を対象に6ヵ月間の食糧援助
などを行うために2億5,600万米ドルの拠出を要請している。

この要請に呼応する形で、国連WFP協会およびWFP日本事務所では、津波緊急募金を呼
びかけている。国連機関の中でも、国内の認知度が決して高いとはいえないWFPでは
あるが、被災地域における食糧や飲料水が不足している映像が報道などを通して浸透
するにつれ、一般の関心が高まっているようである。

国連WFP協会は、今月5日から11日までWFPの学校給食プログラムを紹介するパネル展
を開催した横浜タカシマヤや、横浜市主催の成人式会場(横浜アリーナ)および新横
浜駅においても津波街頭募金活動を実施、かつてない手ごたえを得ている。「今回の
津波緊急募金では、紙幣を募金箱に入れてくださる人が多く、関心の高さがうかがえ
ます」と国連WFP協会の島崎亮平事務局長代行は語る。また、WFPの活動をサポートす
るボランティアグループ「WFP応援団」の三代裕子さんは「葉山にお住まいの女性が
わざわざお見えに
なって2万円を入れてくださったり、多くの若い人もお札を入れてくれます。」と驚
きを隠せない。このような高い関心に、国連WFP協会の経理担当者は休む暇もない忙
しさだ。

一方で、最も甚大な被害を受けた被災者の支援に必要な資金はまだまだ不足してい
る。WFP日本事務所と国連WFP協会では、企業にもWFPの活動を説明し、更なる支援を
求める会を、以下の要領で開催する。

実施概要
日時 2005年1月13日(木) 10:00-11:00
会場 東京・渋谷の国連大学ビル内で調整中
出席者 WFP日本事務所 玉村美保子代表
参加者 企業の社会貢献・広報担当者ら
目的 スマトラ沖地震と津波被害におけるWFPの取り組みの説明、および企業への支援
呼びかけ

電通、公共広告機構、ヴォーダフォン、ボストン・コンサルティング・グループ、
TNTをはじめとする企業・団体の担当者の方々がご出席される予定です。

* * *
WFPは世界最大の人道援助機関であり、世界の飢餓撲滅に取り組む国連機関です。
WFPは2003年、81カ国で5600万人の子どもを含むおよそ1億400万人の人々に食糧を支
援しました。

学校給食キャンペーン
1日わずか19セント(およそ20円)でWFPを通じて貧しい国の子どもたちに栄養のある
食事を学校で供給する手助けができます。それは明るい未来への贈りもの。
* * *

以上です。MLの参加者の中には現地で活動している方もいるそうなので、くれぐれも
衛生面とかでのご注意を。こういうときに日本にいて募金しか協力できない自分が歯
がゆいですね。

吉川 遼

 
At 1:02 PM, Blogger Team UN Forum said...

国連フォーラムの皆さん、

おととい、予定より一日遅れでジャカルタに入りました。三日前にミャンマー行きが確定し、24時間の訪問をしてきました。そのため、アチェには行かず明日の夜にはコロンボに移動する予定です。

11日のジュネーブでの支援会議では、今回の津波被害へ国際社会の大きな支援があったこと、同時に津波被害以外の緊急事態、特にアフリカの紛争などに対する支援の重要性などが伝えられました。津波の被害を受けた地域での緊急支援活動も三週間目に入り、当初の生存にかかわる水や食料、医薬品などの支援から、生活の建て直しをはかる段階へと徐々に移ってきています。ユニセフの活動も、飲み水や生活用品の提供やはしかの予防接種、親や親戚がいない子どもの保護などと同時に、子どもたちが学校に戻る準備などが行われています。現在私の仕事の焦点も資金調達から、世銀などとの中・長期の復興・再建計画作成での調整が増えています。国連と世銀などの国際金融機関がどのように協力するのか、今回の津波被害への対応においても重要な問題です。

さて、現地報告です。

13日正午にジャカルタにつき、バンダ・アチェ、ムラボーなどからその日に戻ってきたユニセフ駐日事務所の浦元さんやジャカルタ事務所の職員から写真やビデオ、地図などを使ってブリーフィングがありました。北スマトラは、まさに地震と津波が直撃したところであり、その被害は想像を絶するものがあります。ムラボーに米軍のヘリで入った浦元さんのショットには、白い海岸線にぽっつりとモスクの尖塔が残り、その背後はすべてが押し流され、平坦な地面だけが残っている風景がひろがり異様でした。その数キロ先には漁船や家屋の残骸、やしの木などが山と積もっており、その下にはまだたくさんの死体があるということでした。

アチェでは、約35人のユニセフ職員が、政府やNGOと協力して、保健、水と衛生、教育、子どもの保護など様々な活動をしています。現地での活動調整は大変複雑です。インドネシア政府、軍、現地NGO、宗教組織、米軍など海外からの軍事組織、国連諸機関、国際NGO、などが保健、教育、水と衛生、心理的支援、子どもの保護、など様々な分野で調整を行っており、ロジや通信、宿泊施設、情報などを共有しながら活動をしています。ユニセフは、最初に現地入りした組織のひとつで、比較的大きなゲスト・ハウスを借り切ったのですが、そのため一階は朝7時から国連の調整会議に使われ、ジャーナリストや様々な人々が寄り添ってきて、だんだんと場所を占拠されてしまうんだと、アチェから戻った職員が笑っていました。通りの店も再開し始め、食べ物や水もあり、部屋も数人が一緒に寝ているけど、みんな元気にしているといっていました。

Child Trafficking

緊急事態においては、親や親戚のいない子どもを早く見つけ、保護し、保護者との再会を果たすよう体制を作ることが重要です。人身売買目的で子どもが連れ去られたり、子どもの不安定な状況につけこむ大人がいるからです。アチェにも養子縁組で儲けている国際シンジケートが別のNGOの名前で入っている例などが報告されており、インドネシア政府も親類が同伴しない子どもの他地域への移動を禁止する措置をとり、警戒を強めています。幸い、北スマトラでは拡大家族のネットワークが広く、多くの子どもたちがその中で保護されています。

Back-To-School

緊急事態で「Back-To-School:学校に戻る」ことの意義はこの数年大きく見直されています。ルワンダの頃から、子どもたちが難民キャンプのような最低限の条件でもできるだけ早く「学校」に通うようにすることは、子どもが保護される時間が増えること、子どもの生活が豊かになること、学習の機会を持てることなどの他に、親や親戚がその時間に生活を立て直す活動に専念できること、コミュニティー全体が「平常心」を取り戻し、ガバナンスにも大きな効果があることなどが認識されるようになりました。その後アフガニスタン、イラクなどでも大規模なBack-To-Schoolキャンペーンが行われ、何百万人と言う子どもが学校に戻ってきました。現在、アチェ、北スマトラでも1月26日を目標に学校再開の準備が行われており、昨日緊急事態用の学校始業セット「School-in-a-box」の第一陣が空路アチェに到着し、ジャカルタからは教材などを乗せたトラック67台が出発しました。津波から一ヶ月で子どもたちが学校に戻れるというのは大変うれしいことですし、インドネシア政府の復興への意気込みを感じます。

ミャンマー

前後しましたが、ミャンマーについては、複雑な背景があるために、被害状況や活動などについて直接現地の事務所でブリーフィングを受け、対応を協議する必要があるという判断で、ヤンゴンにいくことにしました。津波による死亡者の数などについては、国連による現地視察の結果と異なる報告はありませんが、各地で様々な被害が報告されており、海岸地域の貧困状況とあいまって支援のニーズは高いという説明がありました。たとえば、最も被害の大きかったイラワジ・デルタの先端部では、なけなしの家財道具が流されたり、唯一の飲み水のである雨水をためる水瓶が破壊されたりしており、生活基本用品の提供や保健センターや学校などへの支援を強化する必要があります。

ニューヨークに赴任する前にミャンマーの隣国のバングラデシュでデルタの先端部のコミュニティーを訪問したことがあります。保健や教育のサービスが届かないところで、自然の脅威にさらされながら暮らす人々の大変さはよく分かります。彼らは、貧しいがゆえに誰も住まない場所に押しやられ、洪水やサイクロン、高波などの被害を一年に何度も受けて暮らしています。ミャンマーの人々も同じような状況だと思われます。津波で生き延びても、病気になれば治療を受けることもできず、食べるものも十分になく、たくさんの子どもが死んでいきます。教育も受けられず、貧困から抜け出せないという構造的な貧困の悪循環にいるといえます。このようなコミュニティーの子どもは、人身売買や性的搾取のためにつれていかれる危険性もあり、ミャンマーではカレン、ラカインといった少数民族の問題ともあいまって、子どもの保護の観点からさらに調査と支援を強化する必要があると感じました。

スリランカでは、被災地を直接見るつもりです。報告はその後になりそうです。

久木田 (camp Jakarta)

 
At 12:29 AM, Blogger Team UN Forum said...

国連フォーラムの皆さん、

インド洋の地震と津波の発生から一ヶ月が経ちました。今、ニューヨークへの帰途この投稿を書いています。少し遅れましたが、スリランカでの現場訪問の報告を行います。

アンパラ
1月17日の早朝コロンボに到着し、朝8時の国連チャーター機でスリランカで最も被害の大きかった東部のアンパラに入りました。八人乗りのプロペラ機で約一時間の飛行でしたが、到着時に空軍基地の滑走路が二機のヘリで詰まっていて、おかげで海岸部を数分間低空飛行してもらえることになりました。空からでもはっきりと津波の被害の様子が分かります。被害が海岸付近のみの所から1キロくらい奥まで見られる所と海岸の地形によって異なっています。林の後ろにある建物は多くが破壊されずに残っています。現場に降り立って見ると、インドネシアの報告と同じ津波独特の被害状況が分かります。海岸から500メートルくらいは、すべてが跡形もなく押し流されており、その後にその押し流された残骸が山のように積みあがっています。やしの木の高いところに赤や黄色のサリーがひっかかっていて、波の高さが5から10メートル近くあったことが分かります。

こころのケア
被災者は学校やテントのキャンプに入っており、一瞬にして多くを失った人々の心境は計り知れないものがあります。親や家族を失った子どもたちの多くは、ルワンダでの虐殺でもあったように、自分のせいで死んだと思ったり、いまだに生きているかもしれないと思ったり、こころの整理ができないでいます。被災者のキャンプに隣接したテントの教室を訪問すると、ちょうど「心理社会サポート」活動が行われていました。ユニセフの学校始業セットに入っているノートサイズの黒板に子どもたちは津波のときの様子をチョークで描いていました。たくさんの人が家の中に詰め込まれている様子、道路に延々と人が横たわっている様子、やしの木が横倒しになっている様子など、自分たちの見た様子をそのまま描いています。我々が入るとみんな笑顔で握手を求めてくるのですが、こころの傷が癒えるには何年もかかることでしょう。学校が被災者キャンプとなっている別の教室では、満杯に詰まった校舎の一部屋が子ども専用にしてあり、そこで子どもたちの創った劇が行われていました。こうやって、自分たちの体験や思いを周囲と共有し、励ましあっている子どもたちの姿は大人たちよりも数段生き生きとしていました。

お金の色
ちょうど神戸の震災から十年がたつその日、日本からの国連機関への支援金の閣議決定がなされ、国連代表部から口上書が出て、いよいよお金が使えるようになりました。津波の被災者と子どものためにという使途ははっきりしていますが、制限の少ない無償資金は、緊急事態では何よりも役に立ちます。こころのケアやおもちゃ、水、トイレ、学校の整備など子どもたちのニーズは様々ですし、どんどん変わっていきます。色のつかない資金は最も効果的に使えるのです。逆に我々国連にとっては、後からちゃんと説明できる効果的な使い方をする責任があります。そのためのシステムとマネジメント能力、状況分析と的確な判断、交渉とモニタリング能力などが問われます。

タミール解放のトラ
翌18日には、早朝の定期便で北部のジャフナに入りました。スリランカでは、分離独立を求めるLiberation Tigers of Tamil Eelamと政府軍の長い戦いがあり、やっと二年前に停戦がなりました。現在和平交渉の途中ですが、政府内部の分裂、LTTE側の分裂などがあり、いまだに緊張状態が続いています。ユニセフはLTTE支配の強い北部からアンパラあたりまでの東部にかけて五つの事務所を置いて活動を行ってきました。長い戦乱からの復興のための基礎社会サービスの向上のほかに、18歳未満の子どもを兵士にするChild Soldierの問題があり、その子どもたちの解放と新たなリクルートを防ぐ対策、地雷や不発弾についての教育などが主な仕事です。LTTEに子ども兵士についての厳しい対応を迫る一方で、保健や教育での支援を行う、非常に困難な作業を続けてきました。

キリノチ
ジャフナから「象の道」と呼ばれる激戦地を通過して、LTTEの本拠地キリノチに入り、ユニセフ事務所でブリーフィングを受けました。12月26日の朝当直の二人の国際職員(日本人の西野さんとシエラレオネのマツさん)に電話があり、「水でいっぱいだ」という連絡が入ったそうです。数日前に大雨で水があふれたのでその影響かと思ったのですが、空は晴れています。他の国連事務所や政府官庁に電話しても通じず、衛星放送も見れないので、何が起きているのか分からない。そのうち道路を救急車や軍用車両がすごいスピードで行き来し、たくさんの人が何かから逃げてくる様子を見て、これは大変なことになったと思ったそうです。すぐにコロンボのユニセフ事務所から電話が入り、津波の被害が全土で出ていること、状況を知らせ、すぐにできることと今後のニーズを知らせること、という指示がありました。保健医療機材やその他のストックを調べ、早速支援活動に入ったそうです。

キリノチから、さらに被害の大きかったムラティブを訪問しました。海岸付近にあった学校は校舎が破壊され、小さな机やいす、教科書やノートが散乱していました。学校を再開することの意義は前回報告しましたが、そのためには巨大な残骸の山を片付け、掃除したり、洗ったり、いすや机を追加したり、キャンプにいる子どもを近くの学校に受け入れたり、一般に思われている「学校建設」以外にすることがたくさんあります。その日、この事態に乗じてLTTEが20人以上の子どもをリクルートしたのではないかという報告があり、ユニセフはLTTE側に説明を求めました。世界が和平プロセスに注目し、津波でさらにメディアの注意が向いているときに子ども兵士のリクルートがあれば、大変な事態になるので、LTTE側もその報告に慌てていました。

その晩はキリノチのユニセフ事務所付属「ゲストハウス」に泊まりました。ユニセフ本部の緊急オペレーションの局長と同宿で、宿泊料は朝食込みで約600ルピー。わらぶき屋根の小屋に二つのベッドと共有シャワーとトイレがあり、学生の頃バックパッキングをしていたのを思い出しました。この地で一年半仕事をしてきた、西野さんはこのベーシックな施設にも慣れ、60日に一度の一週間の「休息回復休暇」も返上して、この緊急事態に対応してきたのですが、元気でやるき満々でした。翌日、地雷処理の作業が行われる停戦緩衝地帯を横目にジャフナからコロンボに戻りました。

大統領府の調整組織
その日の午後、日本大使館で、ユニセフの活動状況と今後の展開について説明し、日本側のノンプロ無償、JBICや他の機関を通しての支援との調整について話合いました。長年交友のある経済協力班長の大西さん、バングラデシュから応援にやってきていた紀谷さんにもお会いし、別途夕食をともにしながら今回の協力への対応やDC開発フォーラムと国連フォーラムの連携などについても話すことができました。最近まで外務省にいた国井さんとはニアミス、日本の緊急援助隊はホテルからバスで帰国の途に着くところを見かけました。

翌日、朝8時に事務所で緊急会議に出た後、ユニセフの所長、緊急オペレーション局長と国連のResident Coordinatorのところを訪問し、国連機関間の調整や政府との調整について話し合いました。インドネシアでもそうですが、政府はこの緊急事態に対して強力なリーダーシップを発揮しようと努力しています。それをどう支援するかが国連の役割です。その中心になる大統領府のCenter for National Operationsを訪問し、説明を受けました。厳重なセキュリティーを通って二階にのぼり、指揮を執る教育相の次官Thara De Mel女史に挨拶して、隣接する大部屋に通されました。いくつものグループの机が並んでいます。ロジ、メディア、子ども、社会心理、電気水道、食料、国連、NGO、インフラなどのグループに、政府と国連、民間からの専門家が入り、その場で多くの調整がなされています。奥の部屋には軍事部門があり、国軍と各国軍隊との調整が可能です。LTTE地域への支援物資の配分など大きな問題からNGOの登録、地図の作成など多くの作業が同時進行していて、すべてを調整しようと言う政府の意気込みが感じられました。

その日の深夜、バンコク経由東京行きの便に乗ったときは、もうふらふらでした。日付を見ると私の誕生日。これまでの人生とこれからを思いながら、東京へと向かいました。長くなったので今日はここまでにします。次回は日本での反応と、この一ヶ月を振り返っての総括を行いたいと思います。

久木田

 
At 12:38 AM, Blogger Team UN Forum said...

久木田さん、

丁寧な報告をいつも興味深く拝読しておりました。UNDP開発政策局の斎藤万里子です。特にスリランカの報告は、昨年の10月までUNDPスリランカにて勤務していたため、リアルに心に届きました。

日本人の活躍は、UNでは、キリノッチの西野さんほか、NICEFスリランカでは、コロンボにJPOで松岡さんと西さんが、それぞれ水・衛生と教育面でもサポートをしていると思います。UNDPでは、残念ながら日本人は現在おりませんが、久木田さんが感心された政府のコーディネーションにおいて、実は影ながらサポートを続けております。

2002年5月中旬、南西部におきた大洪水時は、UNDPインドから災害管理・緊急対策のプロであるUNVが8名派遣され、2名が中央のオペレーションルームに、6名が被害のあった地方政府5県に張り付き、日々入ってくる被害状況の報告や、ニーズアセスメント、リハビリ活動の調整等々、あくまでも政府を前面に出しながら、サポートをしました。今回は、規模がまるで違いますが、インドから同じく10人ほど、そして、2002年から育ててきたスリランカUNVをはじめとする職員たちが、寝る間も惜しんで中央・地方にてコーディネーションの側面支援を行っています。余り表に見えないサポートであるため、見落としがちですが、実際に担当をしてみて、いかにそのようなサポートが重要であるか実感したとともに、対象国の強いリーダーシップと効率的な対策システムの必要性をひしひしと感じた覚えがあります。

現在の政府は、当時の政党と違い、多党で構成されているため、強いリーダーシップを発揮しきれていない印象があります。また、記述されていたように内戦の問題も処理されないまま、このように大規模な災害が起きてしまったため、政党内、対LTTE(タミル解放のトラ)、さらにはドナー間といろいろなレイヤーの思惑が交錯しているようです。

当時、洪水の被害にあった地方5政府では、洪水を振り返ってどのような処置が功を奏したか、もしくは改善の余地があったか、をNGOやコミュニティリーダーを含めた会合で話し合い、災害対策のマニュアルを各地方政府でつくりあげる作業を行いました。南部のハンバントータ県(サファリで日本人観光客の被害があった県です)などは、自前の災害オペレーションセンターを開設したばかりでした。誰も、津波など想定していませんでしたが。。。

何よりもやりきれないのは、内戦で20年も苦しんできた地域がもっとも被害が大きいことです。内戦・災害の傷が一日も早く癒えるよう願うばかりです。

斎藤万里子

 
At 2:02 AM, Blogger Team UN Forum said...

NY国連フォーラムの皆様、
DC開発フォーラムの皆様、(ご無沙汰しております。クロス投稿お許しください。)

去年12月26日に発生したインド洋の地震と津波からちょうど二ヶ月がたちました。その間五回にわたって国連がどのように対応しているのかについて、私に見えるところを、ユニセフの本部とアジア各国から報告してきました。このフォーラムでも、吉原さんから神戸の国連防災会議の報告があり、スリランカについては紀谷さんの報告や斉藤さんのコメントをいただきました。先月と今月訪問した東京でもこの国連フォーラムのMLやBlogサイト
http:/nyunforum.blogspot.com/
 を見た方たちからコメントをいただきました。

今回はこのシリーズ最終回として、日本との関係、今後の展開などを中心に報告したいと思います。

日本の貢献:子ども支援プラン

先月、被災国への訪問の後、1月24日に外務省に各国での活動の報告と支援のお礼に行きました。外務省は今回の津波被災支援の中心を「子ども支援プラン」としてまとめており、その全体像についての説明を受けました。「子どもの生存と保護」を中心とした支援内容は、ユニセフとしてもうれしい限りです。これについては、小泉内閣メールマガジンの中に「大臣のほんねとーくという」コーナーがあり、町村外務大臣の投稿がありますので、ご紹介します。
http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/
backnumber/2005/0217.html
 
また、日本ユニセフ協会でスリランカを中心に報告会を行い、イーオンからの募金の贈呈式にも出席しました。その間、国際開発ジャーナル、朝日新聞、日経新聞などのインタビューも受けました。この中で何度も申し上げたのは、今回の災害に対して、日本の支援は質量ともに際立って優れていたということです。

日本は今回の津波災害に対し、主要援助国の中で真っ先に5億ドルというまとまった支援を表明し、そのうち2億5千万ドルをユニセフ、WFP、IOMなどの国際機関を通して拠出しました。多くのドナーが二国間支援中心であったのに対し、日本の支援は現場で活躍する国際機関と二国間支援をバランスさせたものでした。今日の段階でReliefwebの報告では国際機関への総拠出額は9億38百万ドルで、すでに要請額の95%にのぼっていますが、日本はその約四分の一を出していることになります。国際機関にとって速さと資金量で日本はもっとも頼もしいドナーであったといえるでしょう。比較的柔軟な二国間支援であるノンプロ無償とあわせ、効果的な支援となるのではないでしょうか。

日本の貢献でもうひとつ目を引いたのは、緊急医療・援助隊の初動の速さ、装備、ロジなどの面での自己完結の能力の高さであったと思います。地震や津波などの自然災害の支援には最初の数日が勝負ですから、この時期に出て行かなければ、出番は急速になくなります。スリランカで1月19日に任務を終えた第二次隊が帰国するのを見ましたが、大変頼もしく思いました。一方、自衛隊の派遣もありましたが、米国やオーストラリアなどのスピードとは対照的に派遣が遅れ残念に思いました。

被災したインドネシアやスリランカなどでは、今も復興への活動が続いていますが、さしあたっての資金は確保できていますし、多くの国や機関が中長期的な支援の表明をしており、被災各国政府の能力もかなり高いものがあります。紛争が再燃しなければこれらの国の立ち直りは早いと思われます。

サイレント津波

今週、日本政府とユニセフとの年次協議が東京であり、出席してきました。その中で今回の津波支援についても報告がなされましたが、議題の中心は国連のミレニアム開発目標(MDGs)をどう達成するのか、そしてアフリカへの支援をどう強化していくかということでした。ちょうどその前の週に、藪中外務審議官の「アフリカ支援-サイレント津波にODAを」というOp-edが朝日新聞に出ていましたが、今年のダヴォス会議でも、また一月のジュネーブでの人道支援会議でも、津波以外の開発と人道支援の必要性、特にアフリカへの国際社会の支援が訴えられました。ユニセフでもCNNに出
るようなLoud emergencyに対して、感染症などで多くの子どもが死んでゆくのをSilent emergencyと呼んできましたが、サハラ以南のアフリカや南アジアではいわば津波が一年のうちに何度もやってくるような数の子どもが死んでいます。マラリアだけでも、年間100万人の子どもが死んでいます。

世界中が津波の被災者に対してこれだけ大きな支援を行ったのは、被害の甚大さが日々メディアで伝えられたことと、被災した人々を助け、元の生活に戻ってほしいと考えたからだと思います。同時に、人々の理解が得られれば、政府や市民社会の大きな支援が可能だということを今回の津波は教えてくれたといえます。

これからの我々の課題は、もっと多くの子どもがマラリアや下痢、肺炎などの予防や治療可能な感染症で死に、エイズで親を亡くし、学校にも行けず、兵士として連れていかれるアフリカの多くの国の現状を理解してもらい、支援を喚起することではないでしょうか。そのためには、いろいろとやらないといけないと思いますが、日本政府には、その先頭を切って「子ども支援プラン」をアフリカにも広げてもらいたいと思っています。日本のODAとずっとかかわってきましたが、ODAへの理解と支援は子どもへの支援を先頭において行うことで一気に加速するのではないかと思います。いかがでしょうか。皆さん。

最後にお知らせです。3月4日発売予定の「外交フォーラム」で「国連改革」が取り上げられる予定です。私も、今回の津波に対応してというエッセイを投稿しました。

久木田純 ユニセフ・ニューヨーク本部

 
At 11:39 AM, Blogger Team UN Forum said...

両フォーラムの皆さんへ

コロンビア大学SIPAの中村秀規です。久木田さん、ご出張お疲れ様でした。最終報告ありがとうございます。

「ODAへの理解と支援は子どもへの支援を先頭において行うことで一気に加速するのではないか」とのご提案/ご考察に賛成です。

今回の地震、津波の被害に関して久木田さんも言及されていらっしゃるように、メディアが何をどう取り上げ伝えるか、ということが人々の行動に大きな影響を及ぼしていると思います。このことは、すでにさまざまの(社会学的/社会心理学的/行動科学的)調査から明らかにされていると、国際メディア論を専攻されている方から伺ったことがあります。また、環境問題について懸念している人たちとビジネス界の人たちの認識をどう繋ぐかという問題に関心のあるジャーナリストの方が、地雷の問題を世界のお茶の間/主婦たちの問題意識に持ち込む上でダイアナ妃(およびそれを取り上げるメディア)が果たした役割は大きいと指摘されていたこともあります。テレビやウェブ上の情報は、映画や写真などと同様に人の感情に直接作用を及ぼしますし、それが「シミュラークル」「に過ぎない」として批判されることもありますが、結局コミュニケーションとは受け手の受容能力の如何によっていかようにでもその価値が変化するものなので、一人一人が「賢い」受け手になっていきさえすれば、開発/人権/紛争/環境といった問題を伝える上で情報発信をもっと拡大・多様化・分節化していってよいと思います。ICTによって、既にそれはほとんど自発的にそうなっていますし、またこれは人が、表現したい/伝えたいという欲求を自然に持っているからだとも思います。

次に、サイレント津波としてのさまざまの問題にどう注意を喚起していくか、に関して、今回の地震・津波被害についても当地(ニューヨーク)の新聞などで議論/確認されたことでもあり、先日の吉原さんの説明責任に関するご投稿とも関係しますが、こうした「善意のお金」、あるいはもっと一般には「なんらかの意図/目的が付帯して他者/機関に託されたお金」がいかに透明に、正当性を持って使われるか、ということは、この種のサイレント津波への対応を拡大していく上で、最も重要なことの一つだと思います。

先日投稿させていただいたセバスチャン・マラビー氏の世銀に関する分析の中でも、インドネシアでの例を引きながら、人類学的知見を用いつつ、世銀融資を受けて行われるインドネシア政府の公共事業/公共投資が、「いかに」適正に使われるか、という制度設計と確実な実施の重要性が指摘されていました。そこでだいじなことはお金が結果としてどう使われたかでなく、使われるまでの集団意思決定がいかに民主的にかつ正当性を持って行われるか、でした。

MDG(ミレニアム開発目標)についての最終報告書が1月に出ましたが、そこでもなぜ目標がうまく達成されないかという4つの原因の筆頭として政府の腐敗、つまり集団意思決定とその決定に基づく事業の執行の「正当性のなさ」が挙げられています。

お金を使う側は、吉原さんの言葉を借りれば、「胃がぎりぎり痛む」ような実践を行う必要があると思います。

どこまで胃をいためるべきか、については、私は次のように考えます。

個人的に移行経済国を支援しているジョージ・ソロスのような(ビジネス)人も言っていることなので心強く思いますが、もともと(それ自体とても成功させることの難しい)ビジネス以上に、公的セクターの仕事は誰にとっても困難だという認識がまず必要だと思います。その上で、執行上の責任を企業以上に負っている公的組織は、結局、現時点で人類が知り得ている最善の知識/方法論を持ってしてもその結果の達成は困難だったのだ、と大方が認めるようなことについては免責される、ということなのだと思います。逆に、それ以下のレベルについては、「できて当り前」、「やって当り前」と見られる、ということです。

これは、自然ではないでしょうか。裁判での「責任」の確定は、そういうふうに行われるでしょうし(だから精神鑑定によって殺人犯は「自由意志」において「殺害しないことを選びえたか」を確かめるのだと思います)、民間企業の営業の最前線にいるかたがたは、自分たちがバックオフィスも含めて会社(と自分の家族)を支えていると誇りにも思っているし、まただからこそ「いい加減な仕事」をしている公的セクターの不祥事を聞くに堪えないもの/見るに耐えないものと思うのだと思います。

と同時に、私はお金を使う側の変革だけでは不十分だとも考えています。企業の社会的責任、あるいは社会的責任投資、そして「消費者主権から消費者責任/倫理へ」といった議論と実践に見られるように、たしかに国家の権力によって強制的に税を徴収されているだけかもしれない有権者/納税者も、しかしその税という「(強制的)投資」において責任と倫理とを有する、と考えます。

先日、国連フォーラムにて初めての勉強会を行い、外務省の中村亮首席事務官よりPKOなどについてのお話を伺いました。その際に質疑応答の席で中村首席がおっしゃっていたことですが、どうも日本の今の議論を見ていると、(国内の公共投資と、国際援助という二つの投資について)二桁違う議論を一緒にしてしまっているのではないかと違和感を感じる、という趣旨のことを述べられました。この観察にはまったく同意します。

久木田さんが提案される、「子どもを前面に押し出す」という戦略は、一つ目に、現に「そこ」で起きていることに対する、実質的で分かりやすい想像力を喚起するという点で効果的であり、二つ目として、国境という壁の人為性(二桁違う議論を、そう思わせない「壁」の性質)を解体するのに役立ち、結局は、我が子は他のどの子よりも大事だけれど、逆にいえば、自分の子ども以外のどの子も(国籍によらず)かわいいはずだし、その子どもの親にとっては、まさにその子のことは自分が自分の子を可愛く思うのと同様に可愛いはずだ(心配するはずだ)という認識を、ごく自然にもたらすと感じます。

上記では、便宜的に「我が子」という表現を用いましたが、別に自分に子どもがいるかどうかは問題ではないと思います。自らが「家族」や「親子」という構造のもとで子育てをするかどうかに関わらず、あらゆる大人は次世代の育成に関して責任を負っていると考えるからです。

国連フォーラムにおけるグローバル・ジャスティスにおける議論で、田島麻衣子さんがメディアや開発関係者によって途上国の子どもが常に「無垢な被害者」として扱われることの問題性に言及されました。これは実のところ、久木田さんがいつも重要視されている「エンパワーメント」の逆の事態だと思います。結局、開発とは今日この瞬間のこの私の生活と人生との話であって、それ以外のものではないと思います。そして当然、そのことは日本にいても、アメリカにいても、アフリカにいても、何も変わらないということです。そしてここに書いた「私」とは、この星に住む、そしてこれから生まれてくるであろう、全ての「私」のことなのだと考えます。

中村秀規
コロンビア大学SIPA/MIA

 
At 11:09 PM, Blogger Team UN Forum said...

国連フォーラム、DCフォーラムの皆さんへ

たびたびすみません。コロンビア大学の中村です。サイレント津波に対処する際に「子ども」にフォーカスする理由として、3点目を追加したいと思います。

(余談ですが、先日の中村首席の勉強会のあとの参加者の集まりで、ある方が理由は最低3つ(できれば漏れなくダブりなく)挙げるべきだ、なぜなら人間は二つまではすぐ思いつくが三つ目がなかなか思いつかないからだ、とおっしゃっていたので、やっぱり三つ目も考えるべきだなと思い、補足させていただきます。)

三つ目は、子どもが単純にもっとも可能性に満ちているからです。子どもの平均余命が大人より長いから、地球社会の構想はむしろ彼等にこそ焦点を当てて論ずるべきだし、可能なら彼等にオーナーシップのいくばくかがあってすらいいのかもしれませんが、彼等より先に年老いている大人としては、むしろ不可知な可能性に満ち溢れた子どもたちこそ、最大の勇気とエネルギーの源なのではないかと感じるからです。ひとは生きていく上でエネルギーと勇気とを必要としていて、結局、子どもというのはそれを大人たちに与えてくれる最大の存在(の一つ)なのではないか、と思うからです。したがって、子どもにフォーカスしてグローバルイシューに立ち向かうことは、もっとも効果的/効率的であるのではないか、と感じます。あえて政策論として語るなら、最終的なオーナーシップ/責任を有する市民/大人が、もっとも課題解決のためにモチベートされ、直接に課題解決にあたる現場のひとびとが高いモラール/士気を維持できるのは、どういった動機付けのときか、という問いに対する一つの回答(案)でもあります。

中村秀規
コロンビア大学SIPA/MIA

 
At 11:34 AM, Anonymous Anonymous said...

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