2005/01/05

模擬国連全日本大会の参加報告( 12/26 ・ 29 )

NY国連フォーラムの皆様

早稲田大学2年の國京です。紀谷さんのご紹介で当フォーラムに入りまして早速投稿させていただきます。学生の投稿というのは少ないようですが、名だたる方達と問題意識を共有できる幸せをかみしめ、なんとか議論に貢献できればと思っています。

今回は先日紀谷さんのほうからご紹介いただいた、昨年12月26日から29日まで東京・池袋のホテルメトロポリタンで開催された模擬国連会議全日本大会の参加報告をさせていただきます。(*以下に述べますことは私個人としての説明や感想であり決して関連団体を代表していないことにご留意ください。)

模擬国連とは参加者一人一人が世界各国の大使となり、実際の国連会議で扱われている問題を話し合うことによって、国際問題の難しさや構造を理解すると共に、問題の解決策を探る活動のことです。ハーバード大学によって始められたとされ、世界各国では大学の授業の一環として取り入れられています。一方、日本では大学の授業としてではなく大学生のサークル活動として日本全国で行なわれています。

先日、行なわれた模擬国連会議全日本大会では大学生を中心に高校生、大学院生、社会人など約200名の方が参加し5つの(模擬)国連会議が設定されました。私はUNCTAD第11回総会「貿易と開発」にインド大使として参加し、一次産品・対外投資・出稼ぎ労働者・ODA・累積債務といった広いテーマの中でも特に「開発の中で貿易をどう位置づけるのか」「GATSの相互承認協定」「多国間投資協定」などの議論に大きく関わりました。

国際問題を考えるにあたっては「大使を模擬する」ことが現実的なアプローチを提供してくれていると感じます。自分個人の意見を持ちながらも国の状況を調べ、その状況に立脚した政策立案をし他大使と議論をかわすことで、国際問題の構造を「体験的に」学習し現実的な解決策を模索することが求められるからです。

また、模擬国連活動は政策立案の過程で情報のリサーチ能力を、会議中の議論や公式発言でプレゼンテーション能力を、会議中の議論や交渉でコミュニケーション能力を磨くことが出来ます。どのような状況であろうとも必要とされる「総合力」を磨けるのも模擬国連活動の特徴でしょう。

今回の全日本大会では私もインド大使として発展途上国をグループとしてまとめることがありましたが、その過程で、開発戦略に関した「途上国の差異」や「先進国との温度差」を体験的に学習することができました。国際問題をよりとっつきやすく、さらに体験までできる活動というのはなかなかないと思います。国連や国際問題を考えるにあたっては模擬国連活動の教育的効果や有用性は非常に高いのではないでしょうか。

話は変わりますがNYで毎春イースターの時期に合わせて開かれる模擬国連全米大会(National Model United Nations)にも毎年、日本から代表団が参加しています。今年は3月22~26日の予定で日本からの代表団はオランダを模擬します。最後に模擬国連に関するリンクとあわせてHPをのせておきますのでご参照いただけましたら幸いです。

それでは今後ともよろしくお願いいたします。

早稲田大学2年 國京

リンク
模擬国連委員会 http://www.jmun.org/
第16回模擬国連全日本大会 http://www.ajmun.org/04/top.html
模擬国連全米団2004年度派遣事業 http://nmun.web.infoseek.co.jp/index.html
National Model United Nations http://www.nmun.org/

2 Comments:

At 1:31 PM, Blogger Team UN Forum said...

國京さん、NYフォーラムの皆さん、こんにちは

コロンビア大学SIPAの中村秀規です。國京さん、ご報告をありがとうございます。

私は模擬国連の活動に参加したことはありませんが、國京さんのお考えを読んで感じたことをコメントさせていただきます。

「国際問題を考えるにあたっては『大使を模擬する』ことが現実的なアプローチを提供してくれていると感じます」とお書きになっているとおり、複雑な利害が交差する地点にあえて立つということが、ふだんとは違った視点を与え、かつ「現実的な解決策を模索」させるということだと思います。

私が想起したのは、当事者性を獲得するためには対立する利益グループを一体にすればよい、という考え方です。たとえば深刻な大気汚染を引き起こしている企業の経営者と従業員さらには消費者、取引先や株主が、その大気汚染を被る地域の住民でもあれば、どれだけの生産(および環境汚染)をどのように行うかは、内部の、自分自身の判断になり、対立するグループ同士の争いではなくなる、ということです。自分の中での葛藤はより「現実的」だと思います。

実際に起こった事例としては、企業が汚染地域の土地を全部買い取り、住民合意の上で全員移住させた(そして生産と汚染は元のままにした)ということがあるそうです。これは葛藤回避による問題解決ですが、「環境問題」はほかの問題同様人間にとっての問題とされることが多いので、その限りでは合理的でもあります。

一方で、私はこのような形で外部性を克服していくのがいつも適切とは思っていません。感覚的ですが、9割以上はこうした内部化の仕組みをつくることが問題解決上有効かつ重要と思いつつ、最後には「外部であるにもかかわらず」あるいは「外部であるからこそ」自発的に問題を内部化する契機が人間には宿っていると考えるからです。

また、国際問題において国家(およびその大使等)や国連という仕組みが果たす役割を論ずる上において、「現実的な解決策」を求めるにあたっても、複雑な利害の交差点を離れて各個人の考えに基づいて自ら意見を持ち、あるいは行動を起こす、ということも、重要だと思います。「交差点に立つ」ことはそれ自体困難なことで、誰かが、あるいはある組織や仕組みが、困難にもかかわらずそうした立場にいるべきだと思いますが、そうした人や組織にとっても、むしろ個々人が多様な意見を持ち行動を追及していることは重要だと思います。全員が全員の事態を内部化する必要は無いと考えるからです。全員の事態を内部化するわけではないが、しかし個々人にとって僅かに外部が内部になっていく過程が、社会や個々人において現にこれまで起きてきた/起きていることであり、また「自由」を論ずる余地がある根拠でもあると感じます。

さらに、ここで「現実」と対立させられている概念は「理念/理想」であり、職業であれば実務家/ビジネスパーソン(あるいは生活者一般?)に対する研究者や学者(あるいは芸術家?)かと思いますが、理念や学問といったものがそれ自体として完成された姿を求めることは逆に「現実」に対してもっとも強いインパルスを与えると思っています。言い換えれば、「現実」にインパルスを与えないならば、実はその理念や学問/研究は真の意味で現実と緊張関係にあるものではないと考えています。

模擬国連の話から随分ずれてしまって恐縮ですが、ご寛恕いただければ幸いです。

中村秀規
コロンビア大学SIPA/MIA

 
At 6:08 PM, Blogger Team UN Forum said...

國京さん、中村さん、フォーラムのみなさん。田瀬より。

國京さんの模擬国連についての投稿、大変興味深く拝見しました。私も日本政府の側から国連での交渉に取り組んだ経験がありますので、その視点から思い出したことを述べたいと思います。

國京さん、中村さんのおっしゃるとおり「大使を模擬する」ことはつとめて現実的なアプローチを提供してくれますよね。個人としての自分の考えを持ちながら所属する国の政策方針に相当程度拘束される、そして同様に各国の政策に拘束されつつ個人としての考えも持っている他国の大使と交渉して妥協点を見出していく。まさにこれは、現実に日々国連で行われている多数国間交渉の形だと思います。私は学生時代模擬国連にかかわったことは残念ながらありませんでしたが、これに参加できる学生のみなさんは素晴らしい経験になること間違いないと思います。

私の少ない経験でも、大使でなくとも、例えば一等書記官や二等書記官であっても、ひとたび自国の名を刻んだプレートの前に座れば、国家を代表して発言しているという点ではまったく同じ。あとから言い訳の効かない真剣勝負です。私もこれまで「JAPAN」の前に座るたび、身が引き締まる思いを感じてきました。また、自分の発言が日本という国の意見として理解され、それが国際社会の合意の形成に貢献できたと感じたときには、鳥肌が立つような興奮を覚えたものです。

なお、模擬国連ではおそらく必ずしも十分に模擬できないけれども、実際に加盟国の一部として国連の交渉に参加する上では大きな要素となってくるものとして「自国政府内における政策の形成と調整」という点があるかと思います。それも、じつは国連代表部などにいると、仕事が全部で100あるとして、通常実際に国連に出かけていってアウトプットを出し交渉するのが15、各国から情報をとってくるのが15、あとの70は代表部内や本省との調整と政策形成なのです。そしてこの70があるからこそ有意な貢献が出来るのだと思っています。途上国では大使に意思決定が一任されている場合も多いですが、先進国はもちろん、中国やブラジルなどでも、政府部内の調整にかける時間と労力は非常に大きいものと認識します。

政策の意思決定を行なうのは多くの国の場合首都ですが、首都に対してどのような情報をインプットするかによって首都からの訓令(instruction)はまったく変わってきます。その意味で、大使を含む出先の外交官は、国連で得た情報や交渉の結果をどのような形で首都に伝えるかに職業生命をかけるのです。一国の政策方針が、自分が起案する本省への請訓(instructionを求めること)の文言にかかっているといっても過言でありません。国連代表部の場合、夕方の7時、8時まで非公式・非公式(informal-informal:同時通訳なしの非公式協議)が終わった後、その日のうちに本省に請訓する必要があるために、特に秋の総会の時期の担当官は連日徹夜に近い状態となります。

首都の側では、国連代表部からの請訓を受け、多くの場合翌日までに訓令を返さなくてはならないので、これもたいへんなこととなります。特に日本の場合、東京でお昼前頃にNYからの請訓を受け、東京時間の夕方7時か8時頃までに方針を確定して打ち返す必要があるために、実質的には6時間くらいしか時間がありません。また、例えば環境問題のように外務省だけでは方針を決めることができない場合、政策方針について「各省協議」が必要となりますし、場合によっては国会や官邸を巻き込む場合もあります。これを6時間以内で全部セットするのには超人的な作業が必要となりますが、こういうのをサクサクできる人は日本では「スーパー事務官」と呼ばれます。米国・カナダは同じ時間帯なので電話などで首都と連絡を取っているようです。欧州各国はやはり夜になってから請訓しているようです。

ともあれ、このように多大な労力をかけて形成された国家の政策方針と自分の理想が完全に一致するとは限りません。その場合、大使や外交官は、首都の要求と自分の理想をともに満足し、さらに同様の各国の要求をも満足させるギリギリのラインを狙ってその僅かなマージンに身を投じるわけです。うまくいった交渉を後から振り返れば充実感で満たされますが、実際にそうした場にいて自分が責任を負う場合、そのプレッシャーは途方もないものがあります(私でさえそう感じたのだから、本当の大使の方々が感じているものははるかに大きいに違いない)。でも、交渉がうまくいってこれにハマるとやめられなくなってしまうのも事実です(笑)。

長くなってしまったのでこの辺にします。模擬国連、おおいに応援しています。引き続きがんばって下さい。

 

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