2005/01/12

人間の安全保障基金

NY国連フォーラムのみなさまへ。国連事務局人間の安全保障ユニット、田瀬です。

昨1月10日付でエグランド次長が各機関の長に通達を発し、日本が国連に拠出している「人間の安全保障基金」の運営方針が一新され、審査手続などが大幅に簡素化されましたのでご報告します。ややテクニカルな面もありますが、特に国連機関職員のみなさまにはご興味のある話かもしれないので、以下投稿いたします。

「人間の安全保障基金」は故小渕総理の時に日本の提案をアナン事務総長が受ける形で設置された国連の一般信託基金で、1999年3月からの累計拠出額は2億5480万ドル(日本単独)と、国連の中でも最大の一般信託基金です(詳しくは外務省のホームページをご覧下さい)。すでにこのうちの約半分が100以上の国連の事業に割り当てられ、世界中で脅威にさらされている人々を助けるために使われてきました。事業申請ができるのは、国連の財務規則に拘束されるいわゆる「国連機関」に限られています。

ところがこの基金、承認された事業の実績については文句なしに良い結果を出してきているのですが、事業が承認されるまでの審査過程について、これまで申請する側の国連機関からは「審査基準が曖昧で分かりにくい」「日本政府と国連事務局の言うことが違う」「審査に時間がかかりすぎて状況が変わってしまった」など、多くの点で批判がありました。実際、これまでは日本政府と国連事務局が別々に、かつ非常に厳格な審査を行なっていたため、時として申請から承認までに1年あるいは2年以上を要する場合がありました。また、日本政府と国連事務局の政策的な着眼点が違い、その違いがなかなか埋められない場合もありました。

緒方貞子さんが議長を務められた「人間の安全保障委員会」の結論(2003年5月)の中には、この基金を含めた国際社会の資源をより効果的・効率的に使うべし、ということが含まれています。そしてこれを受けて、国連とドナーである日本が協力し「人間の安全保障諮問委員会」という諮問機関を立ち上げ、やはり緒方さんに議長をお願いしました。この諮問委員会はアナン事務総長に対して「人間の安全保障」についての助言を行なうことになっていて、今回のこの基金のオーバーホール(分解修理)作業も、この諮問委員会の勧告を受けてなされたものです。具体的には、国連と日本政府が連携し、基金のルールを定める「ガイドライン」のサブスタンス部分を2003年11月に完全に書き換え、今回2005年1月には審査手続の部分を完全に書き換えました。

今回の運営方針改定の要点は、なんといっても「日本と国連事務局および国連機関が可能な限りすべての段階で共同で意思決定を行なう」ということかと思います。過去に、日本政府は基金を利用して日本外交特有の目的(国際会議での支援プレッジなど)を達成しようとしてきた側面がありましたし、国連事務局は事務局でこれは国連に信託された基金なのだから日本には口を出さないでほしい、とする面がありました。今回の改定では、こうした意地の張合いや対立はやめ、戦略的な資源配分から審査、実施に至るまで、日本と国連事務局および国連機関が可能な限り一緒に方針を決めていくべきだ、ということが前提となっています。審査機関も大幅に短縮される予定ですが、それ以上に、今後の日本と国連の関係を考えていく上で重要な側面があると思います。

私は、こうしたプロセスは、もっと大きな絵を考えるとき、日本ないし日本外交が避けて通ることのできない過程の典型だと思っています。すなわち、自分が主張する考えを国際社会で通用させようと思ったり他人にも信じさせようと思えば、ただ声高に主張するだけでは物事は動きません。そうではなく、一緒に考える仲間を増やし、あるときは自分の主張から一歩譲ってでもその仲間が「自らの意志で担がざるをえない」ように持っていく(すでに国連は人間の安全保障を一定程度自らのイニシアティブとして担がざるを得ない状況にあります)ことが、国際社会の規範づくりの上では重要な戦略だと思います。人間の安全保障に関し、(緒方貞子という巨人の力を借りた側面はあっても)日本はすでに国連事務局を取り込むことに大成功を収めています。今後、この支持を国連加盟国の間に広げていけるかという点に、真の外交の力が問われているとも言えましょう。

基金のこと、詳しく知りたい方はいつでもご連絡を。近々人間の安全保障ユニットのウェブサイトも立ち上がります(ユニット職員の長島由華さんが必死で作業しています)。また20日にはNYで、その後順次ジュネーブ(26日)、ウイーン(28日)、ローマ(31日)に国連機関向けの説明会を行なう予定です。私が参りますので、ご興味のある方はご連絡下さい。

それではまた投稿いたします。長くなってごめんなさい。

2 Comments:

At 11:32 PM, Blogger Team UN Forum said...

ニューヨーク国連フォーラムの皆さん、

こんにちは、国連OCHA人間の安全保障ユニットの長島由華です。お久しぶりですね。今日は、国連・人間の安全保障基金に関するニュースを少しお届けします。ちなみにこの基金、ご存知の方も多いかと思いますが、国連機関による人間の安全保障の保護と促進に直接つながる案件を支援するものです。

昨日の1月20日(ニューヨーク時間)、国連・人間の安全保障基金の新ガイドラインについてのワークショップがニューヨーク国連本部にて開催されました。私たちOCHAの人間の安全保障ユニット(以下HSUと略します)が主催し、国連各部署、機関、プログラム、そして日本政府代表部とカナダ政府国連代表部から30名以上の参加がありました。

今回のワークショップの主眼は、今年1月10日に施行された新ガイドライン下での案件提出方法、そして日本政府とHSU双方とのコンサルテーション方法等です。要は、いままでものすごく複雑怪奇で長ーい時間をかけていた評価期間(はっきり言って評判悪かったです)を、なるべく簡潔に、明確に、透明に、効率良く、そして短くしましたから皆さんこれからも宜しくお願いします、という説明会でした。

もう一つ重要な点は、複数機関による案件、セクター間にまたがる案件、そしてNGOやCSOを巻き込んだ地に足のついた案件で、(しつこいようですが)人びとの人間の安全保障を直接保護したり促進したりすることにつながる案件であれば大歓迎!ということです。だから案件が承認されるまで、わたしたちHSUも全力投球しますからお互いに協力してがんばりましょう、というメッセージでもあったのです。

うちのユニットの田瀬さんと基金担当のジェニファーは来週からヨーロッパの国連機関に出張し、この基金に案件提出することのできる国連機関に同様の説明を行ってきます。この基金に関していままでなんだか良くわからなかったこと、納得がいかなかったこと等ををじっくり腰を据えて質問・議論できる場ですので、ヨーロッパの国連機関でお仕事をしていらっしゃる皆様、どうぞ田瀬とジェニファーに何でも聞いてくださいね。2人とも、いままでの基金に関する悪いイメージを完全払拭して新たなスタートを切るために行くんですから(ですよね、田瀬さん?)。

ちなみに、HSUのウェブサイトが一応なんとか立ち上がりました。http://www.ochaonline.un.org/humansecurity です。もしくは、http://www.ochaonline.un.orgから入って Humanitarian Affairsというタブをクリックして入ってください。左側のメニューの中のUNTFHSというページが基金についてで、ここから新しいガイドラインとProject Advisory Note (PDFです)がダウンロードできます。Web Administratorが間違ったページをアップロードしてしまったのでまだいくつかデッドリンクがありますが、許してください。そして今日の金曜日はAid Al Adhaのために国連はお休みでweb administratorに連絡が取れないのですが、来週始めにはちゃんと直っている予定です。すみません。今後はUNTFHSのページで案件提出状況が一目で分かるパスワード制のページを作成し、そして人間の安全保障諮問委員会(ABHS)のイベントや諮問委員によるステートメントなども現在のABHSのウェブサイトから順次引っ越しさせる予定です。

それでは皆さん、また!
長島

P.S. 吉原さん、実況中継ありがとうございます。そして国連人事に関するエッセイ、面白かったです。これに関しては、また今度投稿してみたいと思っています。

 
At 11:40 PM, Blogger Team UN Forum said...

長島さま、NYフォーラムのみなさま

 人間の安全保障基金よりの資金の振り出しは、傍目で見ていると我が国の草の根無償資金協力にも似ているなと感じています。

 小官が入省した時の「小規模無償資金協力」の年間総額は7億円(前年5億、前前年3億と記憶しているので飛躍的に上り、確か最近は100億に近かったかな。)。これを全額新入省員の小官が担当し、数十万から数百万のNGO等各国の政府を介さないプロジェクトに機動的に振り出すため苦労しました。

 確か北アフリカの某国のタイプライター、東南アジアのエイズ教育、南アジアのストリートチルドレンたちの養鶏プロジェクト、島嶼国へのはまだら蚊の媒介を防ぐ蚊帳の供与、学校を建築する資金のみを供与し、その周辺の庭木、整地を懸命に続ける村民たち、アフリカでの公衆便所、アフリカの大使館の同期が奥地で行ったプロジェクトでその集落の酋長からもらった山羊、鶏を自分のクルーザーの後ろに満載して(さすがに「娘」をやるといわれたことは断ったとか。)首都まで糞まみれで帰ったこと、井戸からコンクリートで集落まで用水路を引き、はじめて水を通したときの用水路に流れ始めた水をわいわいと見ている村人の風景などなど思い出すこと枚挙にいとまがありません。

 もう10年以上も前ですが、あまり秘密公電にはそぐわないなあと思いつつ格闘していたことを外務省HPに人間の安全保障基金からの資金拠出の内容を見ながら勝手に思い出していました。

 吉原健忘?拝@外務省地球環境蚊?(半ば「壊れ」気味)

 

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