2005/02/21

国連の汚職・ゴシップ・人事など

国連フォーラムのみなさまへ。人間の安全保障ユニット田瀬です。

しばらく出張だったりでごぶさたしておりました。グローバル・ジャスティスのお話などなかなか読みごたえがあり、楽しませて頂いています。本日は少し軽い話題で国連のことを考えてみようと思いました(ぜんぜん軽くはないんですが)。

金曜日に国連事務局の一階がみょーに記者の皆さんで騒がしいと思ったら、セクハラで渦中のルベルス難民高等弁務官が来ていたんですね。ロイターや読売新聞などの記事によれば、アナン事務総長は同弁務官に辞任を求めたけれども、同弁務官はでっち上げだとして潔白を主張したとのこと。私が聞いたり読んだりした話では、職場で同僚の女性のおしりを触ったので訴えられ、いったんは事務総長が不問に付して幕引きとなったのですが、さらに自宅に呼ばれたとか、ホテルに来てほしいといわれた等の内部告発があり、事務総長室も看過できなくなったとやら。ジュネーブのUNHCR本部でもこの件でやや職員の士気が下がっていたと伺いましたが、とうとう大きな問題になってしまった感があります。

このほかにも、みなさんご存じの通り、いま国連はイラクとの「石油食糧交換計画」にまつわる汚職問題で大きく揺れています。石油輸出業者の選定を行なうにあたって巨額の不正が行なわれたのではないかとされており、独立調査委員会が設けられて調査がなされ、アナン事務総長の息子も関与していたのではないかとの疑惑が取り沙汰されています。さらにいえば、一部の国連のPKO要員がアフリカ等現地活動地域において、支援物資をちらつかせて現地の少女たちに性関係を強要していたことが明らかになったりして、いまや、国連のモラルが全体として危機に瀕していて、一気に表面に出てきてしまった感じです。最近の人事の動き(官房長、管理局長、財務官のほか、リンデンマイヤー事務総長補佐官、エッカード報道官などが相次いで辞任)もこうした問題と無関係ではありません。

こうしたことを国連の内側から見て思うのは、「国連には強制措置を伴う法律がない」ということです。たとえば日本の官僚の場合、日本の国内法に反することをやって見つかれば、受託収賄罪であるとか背任であるとか、いろいろその悪さの質と量によって裁かれ刑務所に入れられるなどの強制措置が待っているわけです。ところが、国連の場合はもちろん内部規則や監査などはあるものの、それを破ってもせいぜいクビになったり賠償を求められるだけで、刑務所に入れられたり死刑になったりという強制措置は聞いたことがありません。これは当たり前といったら当たり前の話で、国連自体が主権国家の集まりですから、その職員に対して強制措置を行使する主体はないわけです(国連の職員が国際刑事裁判所などで裁かれることはあるのかな。どなたか間違っていたら正して頂けますか?)。

強制力を伴う法律がなければ、どんなに国連職員一般のモラルが高くても、これを悪用するやつが出てきてしまうとメカニズムとして防ぎようがないわけです。これまで私が会ってきた国連職員や関係者はとてもモラルが高い人が多かったと思います。ところが国連とて一枚岩ではなく、世界中でいろんな人が絡んでくるわけですから、やろうと思ったらすきだらけなのでしょう。巨額の支援が誰かのポケットに消えたり、国連職員による虐待を受けた人がいたとしてもみんなもう驚かなくなっているくらい、国連ってのは危うい組織になってしまっている気がします。

いま私がこれに対する回答を持ち合わせているわけではありません。ただ、たとえば日本がこの国連システムを動かすお金の約20%(通常予算だけで年間200億円を軽く越える額でPKO分担金はこれよりさらに多い)を支払っていることを考えれば、もっとギリギリと国連のお金の使い方を監視(といういい方が悪ければ「助言」)していっていいのではないかと思いますし、国連のモラルに関する世論の関心ももっと高くなっていいのではないかと思います。90年代の日本の国連システムへのお金の出し方は、国連を信用するあまり「ザル」だったようなところが多分にあり、きわどい言い方をすると国連機関に「なめられていた」側面ももしかしたらあったのではないでしょうか(反論お願いします)。もちろん、国連機関への拠出は今後増加に転じてほしいと思いますが、額が多くなればなるほど、その使い方については厳しく見ていっていいのではと思います。

とまあ、ルベルス弁務官のセクハラはむしろ個人的な性癖によるところがあると思いますが、なんとなくこんなことを考えました。仕事でお金を扱っているからケチになっているんでしょうか(笑)。

それではみなさん素晴らしい日曜日を。

4 Comments:

At 1:02 AM, Blogger Team UN Forum said...

田瀬さん、

国連の内部者ならではの情報、ありがとうございます。

私の記憶が正しければ、大学院での授業で、こういったことを扱える裁判所が必要だと教授が言っていました。

また、国連職員のImmunityに対する考え方も変えていくべきではなかろうかという議論も、駐車違反を例にしてNew York 1(ニューヨークのローカルの放送局)のニュースでなされていました。

国際刑事裁判所(ICC)のことがでてきたので、ICCについての簡単な説明をしてみたいと思います。国際刑事裁判所ローマ規程には、残念ながらこのようなことは事項管轄には入っていないので、ちょっとICCでは裁けなさそうです。

国際刑事裁判所は、戦争犯罪、人道に対する罪、集団殺害罪を犯したものを捜査し、裁く裁判所です。 よく日本の方々の間では、国際司法裁判所(ICJ)と比較されますが、ICJとの大きな違いは、ICJが個人ではなく“国家”のみを法の対象としているのに対して、国際刑事裁判所(ICC)は、個々の事件を捜査し、“個人”を裁くことができます。 また、ユーゴ・スラヴィアやルワンダの戦争犯罪裁判とは異なり、その管轄は、一時的(特定の一事件、または紛争)ではなく、“永久的”なものとなります。 2002年7月1日に、その国際刑事裁判所設立規程であるローマ規程が発効しました。

ニューヨーク国連フォーラム幹事  仲居宏太郎

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Kotaro Nakai (Mr.) LL.B., M.I.A. in Human Rights

 
At 1:04 AM, Blogger Team UN Forum said...

田瀬兄、NYフォーラムのみなさまへ

 そうですね。小官もとある条約体の交渉で、行財政情報に操作の疑いがあるとして特別査察を組もうと何度か試みたことがありますが、どうしても十分なTORが承認されません。国連特権免除条約も未だ改定されず、各国とも個別の対応に苦慮していることと拝察します。
いつも環境条約交渉に行くと各国から不満が出るのは、ある先進国は自分の課の予算が数十%削られるため、管理職一人がディスカウントエコノミーで出張してきている傍ら、同じ条約交渉相手の国連職員が若くともビジネスで処遇されている実態です。
各国政府内部のアカウンタビリティと直接に連動して説明する話ではありませんし、国連職員も特権、労務規約があるのでしょうが、ドナー国も厳しい中でやりくりしている中、行財政や出張経費に十分な説明のない中で、数年度の肥大しがちな予算交渉をしていると、かなり辛口の採点をするか、実際の勤務振りや書類を査察によって担保したくなるのは、人情ではないかと思われます。

 これから先の、国連職員の刑事民事免責の問題は、多岐でかつ機微なのであえて割愛します。

よしはらけんご拝@外務省地球環境課

 
At 12:01 AM, Blogger Team UN Forum said...

NYフォーラムのみなさま
 割愛すると書きましたが、以前クマラスワミ国連人権特別報告者がその職務権限で知ったことをもとにマレーシア国内で行った発言について、マレーシアの国内裁判所で訴追された事件については、かなり話題となり、国際司法裁判所も含めて国際公務員の特権免除の外延と刑事民事訴追の可能性について議論されており、日本の法学誌にも論文になっていたと記憶します。これは、若干ニュアンスに間違いがあるかもしれませんが公開情報ですので念のため。

よしはらけんご拝@ガイムショウチキュウカンキョウカ

 
At 12:03 AM, Blogger Team UN Forum said...

こんにちは、みなさん。

 Rutgersでグローバル・ガバナンスをやっている院生の長田です。国連の腐敗やどんぶり勘定を知るたび、国連には競争相手が必要だな、と思います。国連に取って代わることができる組織があれば、国連関係者ももっと緊張感を持つのではないでしょうか。

 「Governance without Government」というはやり言葉があるガバナンスという観点からは、国連についての二つの見方がせめぎあっているように思います。擬似世界政府としての国連(日本でのはやり)と、ガバナンスの供給者の一主体としての国連(アメリカである意味強い見方)です。前者であれば、主権国家の行政機構のように、権限の重複は避けるべきだ、という議論が通りそうです。後者ならば、「市場」における供給の独占が問題だ、となるでしょう。ガバナンス論では、後者になると思います。(ただし、なんでも民営化がいいわけではないです。民営化の受益者も腐敗していることはありますし。)国連は、アメリカ合衆国(United States)やヨーロッパ連合(European Union)、その他国民国家や地域機構などと共に複合的にグローバル・ガバナンスを織り成す、普遍主義を志向する主体の一つに過ぎない、というわけです。

 日本としては国連がガバナンス業務を独占して腐敗しないように競争相手を作り出すことを考えてもいいのではないか。ぼくは最近の情勢をいろいろと見てそう思っております。日本が国連の常任理事国として国際貢献に一層活躍したい、ということで安保理改革が論じられますが、中国が拒否権を握っている限り、難しいです。靖国等「歴史問題」のみならず、先日の日米外交防衛閣僚の会談で台湾問題を両国協調の課題として明記してしまいましたから、中国の承認を待っている限り、日本が常任理事国として活躍する機会は一層遠のきました。しかし、常任理事国でなければ一層の働きをしない、という考え自体が本末転倒ではないかと思います。国連という擬似世界政府からの授権によって初めて国際貢献する権利が得られるという考えでは結局主要国間のゆるいコンセンサス(国際世論?)で作り出される宿題を言われるままにこなすことしかできないのではないでしょうか。

 日本は常任理事国入りを待つことなく、自ら進んで世界秩序はいかにあるべきかを考え、世界のあるべき姿について発言して意見を交換し、その具体策を考え実施していく姿勢を明らかにすべきと思います。常任理事国入りの希望表明はそのためのきっかけとしてかんがえるべきで、常任理事国入りを待っていては現在も山積みの問題への対処が遅れるばかりです。日本は今後どのような課題を自身に課し、具体的に何をできるか明らかにすべきです。そして、その際常任理事国になれなければ国連とは別の枠組みを作ってそれを行う旨を表明しておくべきだと思います。そうしておけば、気の緩んだ国連関係者へのメッセージとなるのではないでしょうか。また、常任理事国入りと国連からもらう宿題を待たず、自らのイニシアチブで世界の問題に向かい合う準備になります。

 さて、これは国連の汚職とは関係ないですが、もうひとつ国連に感じる危うさは台湾問題です。ウィーン協調、ビスマルク体制、国際連盟など過去の国際体制は主要なメンバーがそこから逸脱して大国間戦争が起こったときに崩壊し、新たな大国間関係を反映した体制に取って代わられてきました。台湾問題の行く末が国連にとって致命的な結果をもたらす可能性が出てきているように思います。仮に中国が台湾に侵攻した場合には、中国に拒否権を与えている国連はそのままではすまないのではないか、ということです。

 国連の汚職から随分大風呂敷を広げてしまいました。

 最近の橋本さんの投稿にあったグローバル・ジャスティスですが、西洋中心でない倫理とか、政策とかの必要はいろいろ言われますが、もうそろそろ非西洋からの具体的なインプットが欲しいなあ、と思うのはぼくだけでしょうか。いうなれば、ステーキやハンバーガーやピザばかりだった(?)ニューヨークの食に、寿司や天ぷらが加わったようなものですよね。西側諸国とは違った正義の観念というとどんなものでしょうか。日本独自の伝統倫理や現代日本の非西洋的倫理で何か貢献できるものがあるでしょうか?また、世界各地の人々と接点のあるフォーラムの皆さんは、グローバル・ジャスティスに対する各地からの貢献として何か思い浮かぶものがありますでしょうか?逆に、どうやっても他とは相容れないローカルな「正義」というものとどうやって折り合いをつけるのか。そんなことどもに興味がわきました。



長田達也

 

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