2005/03/25

ふんじゃ何をするか

また秋山です。林さん、紀谷さん、久しぶりです。

ODA関連の国際会議などにおける日本の発言の話でだいぶ盛り上がっているのでちょっとこの課題を私なりに整理する気になりました。ここでは日本の代表などが国際会議でほとんど積極的な発言をしないということに絞って分析しましょう。

この問題は30年以上前私が国連に勤めているときから問題になっていました。さて、30年もたち世界も日本もだいぶ変わりましたが、この問題(あえてもうひとつの問題を挙げれば国際機関で働く日本人が少ないということ)がなぜ30年以上改善されなかったのかということの理由をまず考えましょう。文化、教育、市場(林さんのコメント)などの問題がありますがそれらの制約内でこの問題を分析しましょう。この問題はODAだけでなく他の分野でも国際的に活躍する人に参考になるのではないでしょうか。

理由は、以下がちょっと考えただけで思い浮かびます。
1.関係者がこの問題の存在を知らない、または問題と考えていない。
2.この問題は認識されているが、改善する発言、行動をとるインセンティブがない。いやインセンティブどころか、マイナスになる可能性のほうが大きい。
3.発言すると言っても発言する内容がない。
4.そのような行動をとる組織的な制度がない。発言するには、いろいろなところへ連絡し、決済を取り、ETC.,ETC, そんなことは面倒くさいし、やったからと言って2日後の会議(2日後にまだ会議が続いていた場合)で発言しても意味がない。

各項目についての意見を述べさせていただくと以下のようになります。
1.欧米社会では、ある問題に関して、発言しないということはその問題がわからないか、考えていないか、意見を持っていないという非常にネガティブな効果があります。30年間国際機関で働きましたが、発言しないというのは国際会議だけでなく国際機関内部でもよく起こります。世銀の同僚などから言われたことは「日本人は物事を考えるのか。」です。一方、確かに変な発言をした場合、マイナスになります。ここからいえることは、会議なりのトピックに関して勉強し、自信を持って発言すべきということです。これは私も長年心がけたことです。また、欧米文化では、Identityが非常に重視されます。極端に言うと発言しないとその人は存在しないのです。日本におけるこの問題に対しての認識はだいぶ違うように思えます。しかし、Globalizationが進んでいる今、少なくとも国際舞台では、この日本の特異な文化から離れなければまずいのではないでしょうか。

2-4.これは制度的な問題です。その根本原因は日本がどれほどODAを重点的に扱っているかだと思います。組織は重要問題に関しては相当勉強、調査を含む準備をするのですが、その他は「適当にお茶をにごらせて」と言う風に扱われるのではないでしょうか。1.とも関連しますが、ODA戦略を練り上げ、英語ができ、論理的発言ができ、ODAの専門的知識がある人材を育成することが急務だと思います。これは、今の日本のODAの1%以下を使ってできることで、その効果はODA1%よりはるかに大きいでしょう。これこそがまさに国民に対する説明責任を果たすことになるのではないでしょうか。しかし、今までこれができなかったということは、このような些細な制度的変革をするにもTransaction Costが大きすぎるのかもしれません。それ自身が最大の問題かもしれません。

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