2005/06/07

世銀はどこへいくのか?

ジュネーブのILOにおります上田と申します。(久木田さんお久しぶりです。)つい最近国連フォーラムと開発フォーラムの存在を知り、皆さんの議論を興味を持って拝見しておりました。
開発の分野では影響力の大きい世銀だけに、(これはもちろん世銀に限りませんが)特にトップが変わることで優先分野の変更、それに伴っての機構改革が行われるのが通例となっているようなので、今回の久木田さんの報告と問題提起は私も大いに関心を持つところです。
さて、成長が必ずしも貧困をなくさないのは明らかですが、成長なくしては貧困をなくすことは、(少なくとも国内政治の面で)非常に困難ですから、いかに「貧困層にやさしい」成長(Pro-poor growth)を確保するのかということが課題でしょう。その為には、スティグリッツ教授のおっしゃることはすべて実行することが必要であって、もしもこれらが本当に「ワシントン・コンセンサス後のコンセンサス」となっているのであれば大歓迎ですが、実際どうなのでしょうか。(ワシントン地区の皆さんいかがですか?)
開発は生活が良くなる事だと(別に誰に言われようとあまりにも当たり前なことのようにも思えますが)確かロバート・チェンバースが定義しましたが、ここで敢えて成長側の議論をしますと、健康で教育を受ける機会があっても、その後で十分な収入が得られなければ教育・保健への投資も無駄になってしまい生活が良くならないばかりか、逆に次の世代の教育への意欲もそがれてしまいます。(実際、世界の多くの国で学校は出たけれど仕事が見つからないという若者がたくさんいます。ただ、貧しい若者は「失業」していられませんが。)収入を向上するためには、世銀の言う「投資環境」の整備が同時に必要です。「投資」という言い方で、お金だけ扱っているように(投資家だけのためだと)誤解される恐れはありますが、実際は政府の役割(ガバナンス)、貧困層など社会的弱者の参加、市場経済の下で経済活動をおこなうことに伴うリスクを軽減するためのセーフティーネットの拡充、教育・保健に代表されるような社会サービスの充実、自然環境との調和といったものは、貧富の差の拡大を最小限に抑えながらも成長を確保するために、人々の生活が良くなっていくために、すべて重要な要素です。
ただ、たとえば成長のためのインフラ整備を例としてみると、インフラ自体が良い悪いというよりは、どのようなインフラをどうやって整備するかということが議論されるべきでしょう。たとえば、山奥の村に住んでいる人たちにとって一年中使える道路がないと、経済活動はともかく、クリニックや学校に行くにも困難です。 また、地元の人たちの収入によりつながるような道路建設・維持が可能です。
御察しの通り私はILOに居りますので、収入を向上しないで(仕事を得ないで、あるいは作らないで)貧困をなくすことはできないのではないかと考えてしまいます。また、まともな仕事を得る(作る)ためには、権利、社会保護、参加ということが当然ことながら必要となりますが、こう考えるのは、もしかすると、ILOに長く居すぎる証拠でしょうか。

世銀の今後の行く末に関する議論は総裁の交代もありますが、世銀のOperations Evaluations Department の出しました2004 Annual Review of Development Effectiveness (ARDE) http://www.worldbank.org/oed/arde/2004/?intcmp=5111010からにも由来すると聞いております。この報告書では世銀の貧困に関する戦略は成長と社会面の二つの柱があって、この二つの相互関連に関する認識が薄かったという反省が書かれています。どんな組織でも内部の部局相互の協力を促進するのは大変に難しいものがありますが、今後世銀がどのように内部機構の問題に対応していくのか、もし、世銀が援助の分野を絞るのであれば、残された援助課題を他のどの機関が実行するのか、その為の資金をどう確保するのか、というより、ドナー国がどの様に資金配分を他の機関にもするのかといった課題につながっていきます。それから、世銀の動向いかんにかかわらず、世銀や他の開発銀行と国連機関との、そして、国連各機関同士の協力が必要です。この協力には政策自体の整合性を確保することと、現場での調整との両方が含まれます。
また、世銀などの開発銀行にあれだけのグラントの資金(トラストファンド?)が流れる一方で国連各機関への技術協力資金の流れが減少しているように思えるのはお金のない一国連機関に勤める者の僻みでしょうか。
上田 隆文

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