2005/06/09

ODAの質の改善と国際水準の確保を

NY国連フォーラム、DC開発フォーラムの皆さん、

今週はユニセフの執行理事会が開催されており、私が忙しくしている間にこの議論も地球を一回りしてきました。中村さん、仲居さん、上田さん(お久しぶりです。)、紀谷さん、そして須永さん、コメントありがとうございます。

世銀がどこにゆくのかについてはもう少し様子をみないといけないのでしょうが、経済中心のアプローチをとるのか、それとも貧困削減に焦点をあてるべきかの議論は、やはり開発の中心議題として、先のよく見えないこの時期にこそ議論すべきであると思います。

話はちょっと遡りますが、私は、以前1997年に経済中心の「旧パラダイム」と人間中心の「新パラダイム」について日本の国際開発学界で発表したことがあって、それ以来この対比について考えてきました。この対比の仕方については、「経済中心のかつてのODAのアプローチが人々を非力化してきたのに対し、人間中心のアプローチは人々をエンパワーする」という議論でしたから、いろいろな反論や賛同を受けました。佐藤寛さんが編集したアジア経済研究所の「開発援助入門」の一章にこの対照表を入れたときも原稿の段階で他の審査者から丁寧な反論が出ました。現在の結論としては、これはマクロの視点からのアプローチとマイクロ・レベルの視点からのアプローチの違いであって、このふたつのアプローチの相補的な関係を作り出すアプローチが必要だ考えています。その意味で、成長も貧困削減も同時に見ないといけないという議論やPro-Poorの経済政策という考えともそう変わらないと思っています。

しかしこの問題の大事な点は、どちらがいいかというよりも、そのバランスの悪さにあります。日本のODAを例にとっていえば、日本のODAがいまだに経済インフラを中心とした部分に大半のお金を使っており、人間開発に直接結びつく、基礎保健、基礎教育、簡易の給水や衛生設備など「基礎社会開発」分野にほんの少し(DACの数値で2-3%)しか使っていないということです。MDGの大半は、これらの分野の改善によって達成されるわけですから、日本のODAではMDGにほとんどインパクトがないということになります。(これは、日本だけでなく、世銀にしても同じだと思います。二年ほど前に世銀のHuman Developmentのポートフォリオが五年間で10%から30%になったと世銀幹部が豪語していましたが、その割合が今後減ると言うことになると残念ですね。)

それでは、日本のODAをどうしろというのか、ということですが、それはあまり難しい話ではなくて、これら基礎社会開発分野への支援を少し強化すればよいのです。この分野に10-15%、できれば20%程度をつぎ込むことです。そうすれば、ODA予算の伸びがなくても、MDGの達成に大きく貢献できるといえます。これがODAの効果を高め、質を改善し、アフリカの問題解決に大きく貢献するということにつながります。たとえば、日本政府が先に発表した、「アフリカへ蚊帳一千万帳の支援をする」というのは、子どもと妊産婦の死亡率を低減してMDGに大きな効果があるだけでなく、世界のマラリア対策に先鞭を切ったいい例だといえます。この費用は6-8千万ドルくらいでしょうから、低コスト、高インパクトのいい例でもあります。

一方、GNIの0.2%を切ってしまったODAの総額は、国際標準からしても、日本人一般の人々の感覚からしても、お粗末なものだといえるのではないでしょうか。膨大な公共工事や防衛費などと比較しても、世界に貢献する国とは言いがたいでしょう。せめて、EU諸国と並んで0.5%くらいの水準に2010年までにもっていくべきでしょう。ODAは税金でまかなっているのですから、「国民の皆さん、年間400万円の収入から2万円をODAとして出して、世界の貧困をなくし、紛争を予防し、環境改善を進めて見ませんか?」と、問いかけてみたらどうでしょうか。「核戦争や紛争、テロ、環境破壊、感染症の蔓延などから日本を守り、世界に胸をはって暮らしませんか?」と問いかけてみてはどうでしょう。私なら即払いますが、皆さんいかがでしょうか。給料から天引きの人も、注文くらいは付けるのではないでしょうか。

折りしも政府の経済財政諮問会議が「骨太の方針」を出そうとしているときですから、ODAの質の改善と国際的な水準の確保を明確に入れてほしいですね。地球の裏側からいっても聞こえないかもしれませんが。国内の政治的、経済的優先事項をすべて検討した後に、残った予算でODAを考えるのではなく、日本国憲法の前文にあるこの言葉を骨太の方針に盛り込むのは、今をおいてはないのではないでしょうか。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」

久木田

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