2005/09/25

最近の一連の議論を受けて

DCフォーラム、NYフォーラムのみなさん、

 こんにちは、よしはら@休暇前です。

 最近、いろんなフォーラで、政策評価、政策立案、オールジャパンとしての外交力、外部人材の活用、学識経験者の汎用性などについての議論が盛んになっております。

 小生の投稿は漫然としていることが多く、あまり議論を惹起しませんが、あえて、個別具体的なハウツーものでないものを、ある懇意にしている先生への書簡を抜粋する形でここにご披露したいと考えております。

 これを受けてみなさんは心中に何が沸き起こってきますか?

 ランダムにでいいので、議論が沸き起こることになるのでしょうか。ないしは、途上国、NY、DCの居酒屋、カフェで下記をネタに談論が起こるのでしょうか。

 小生は、まもなく長期休暇に入りますが、小生もいずれブログなどをやってみようかなと考えています。

(以下若干加筆の上添付)
 小生は7月胆石と急性炎を起こした胆嚢を摘出するために入院しておりましたが、その際に司馬遼太郎の「空海の風景」を読みました。これまで不祥事の折に外務省が「変える会」「変えよう、、、」等の痛烈な反省の元で指摘があったように外務省は高野山のようで「高尚」と称する密教を難解な言葉で扱ってきたきらいがありますが、若き空海が唐の長安で見た様々な異民族を含む人々が醸成する雰囲気は全く違った創造的なものであったはずです。

 人間、所詮高度な技術論は、ついていけなくなり、常識的な範囲が一番理解が得られて、うまく行くのですから、誰にでも分かる平易なことばで普段から語り、一部のものは除いて開放形で政策形成を行っていくのがいいのだ、そういう職場文化があればいいのだと考えます(要するにその日やった仕事を帰って嫁さんがわかるように説明できれば、外交官としては一人前だという暴論も成り立ちます。)。

 今度の評価書が、ある人には価値判断を含むことにより、反論可能な程に明晰で論争が惹起されること、それにより複数の代替案が熾烈に競われることで、交渉能力が錬磨されることが大事なのかな、と期待しております。

 それは報道課、国内広報課、情報公開室に続き、説明をするポストを4ポストも渉猟した小生の持論です。

 ただ、その論争のためにであっても過度に残業をさせたくはない、そのためには過飽和になっている国家公務員の仕事を選択と集中により減らすことが必要なのでは、そうしないと人件費を総じて下げれば当然評価がより明かに処遇に現れる民間企業に人材が流れていくような気がしています。

 古い仕事を抱えながら新しいチャレンジをすることは役人といえども人間ですから8時間の法定勤務時間を集中すればぼろぼろになってしまい、残業するゆとりはないはずですから。
(以上添付終了)

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