2005/10/17

平和構築:国連での議論

山内さん、久木田さん、清水さん、根本さん、佐藤さんほかフォーラムのみなさま。田瀬@国連事務局人間の安全保障ユニットです。

以下、少し長くなったらごめんなさい。

山内さんの9月27日の投稿「平和構築:国連での議論」はたいへん意味のあるものと思います。特に私にとっての関心は、「平和構築委員会(以下PBCと略します)」が国連の諸活動を統合することを企図して提案されたものであること、そしてそのことが、「人間の安全保障」とも非常に密接な関係にあるということです。人間の安全保障についても「成果文書」の中で、今後加盟国が総会で議論することが合意されています。

PBC及び人間の安全保障に関する私の関心をもう少し具体的に挙げますと、以下の4点があります。
(1)安全保障と開発、そして人権というキーワード(この3つは3月の事務総長報告「In Larger Freedom」のキーワードでもあります)を結びつける理論を提案できるかどうか。
(2)上記の理論を実践するため、現場で機能する実際的なアプローチと国連の組織改革を提案できるかどうか。
(3)さらにこれらを担保する財政的な構造を実現できるかどうか。特に、複合型PKOとDDRの関係、その場合にどこまで加盟国が分担金として平和構築を担うべきなのか。
(4)人間の安全保障と平和構築を国連の中でいかに結びつけていくか。

(1)まず、安全保障と開発、人権を結びつける有効な理論、あるいは国際社会が一致して認めるような論理は未だ不在であるというのが私の認識です。例えば「紛争が貧困を生み出す」ということを証明するのはそれほど難しくはありませんが、「貧困が紛争の根本原因になる」ということを証明しようとすると、ケーズバイケースでさえ一筋縄では行かないということがあります。さらにこれを例えば具体的な紛争後の平和維持活動、人道支援活動、早期開発支援
に当てはめると、「紛争の再発を防止するにはいかなる要素を満たさなくてはならないか」、「人道支援と開発支援の間の『ギャップ』を埋めるのに必要な条件は何か」、「早期開発支援にはいかなる前提条件が必要か」といった問題を同時に解かなくてはならないわけで、それも一つひとつの国で民族・宗教や文化人類学上の状況も異なるわけですから、問題はかなりややこしいのです。
こうした問題についてPBCがいかなる理論的枠組を提示するのかについて、いまから非常に関心を持っています。

(2)こうした理論はともかくとして、現場における実際の対応として「人間の安全保障委員会」がこの点について提案したのは、『リーダーシップの統一」そして「財源の一本化」により、治安・法の支配・人道支援・復興支援・和解といったセクターを国際社会が全部ひとつの塊として見ることでした。実際、山内さんが紹介して下さったように、少なくとも国連のリーダーシップという意味では、事務総長特別代表(SRSG)の権限強化、事務総長特別副代表(DS
RSG)が開発と人道調整の両方を統括するなど、この方向での進化が進んでいます。また、イラク復興支援に見られるように、国連と世銀をはじめとするブレトンウッズ機関とのリーダーシップの統合でさえもその試みがあります(イラクの場合はまだ「調整」の域を出ていないかもしれませんが、これまでの経験からは革新的だと思います)。

一方、これを国連全体の組織改革という点から見ると相当に頭の痛い問題です。
あいかわらず安保理は安保理、経社理は経社理でありシステミックな連携メカニズムがあるとはいい難いし、最も近いと思われる総会第二委員会(経済開発問題)と第三委員会(人道人権など社会問題)との連携さえ、努力はなされているもののまだまだ実現できていません。さらにこれを国連事務局の改革問題に当てはめると、政務局(DPA)、PKO局(DPKO)及び経済社会局(DESA)の役割問題に直面します。90年代後半、DPAとDPKOについては多くの人々が統合すべきと考えていましたが、コフィ・アナン事務総長が事務局のたたき上げであり内部事情を知りすぎていたために、就任時に大鉈を振るうことができなかったという批判があります。また、DESAについては先進国の中にその役割について強い批判がある一方、途上国はその組織維持を強く主張してきています。

こうした議論がPBCの設立によって動くのか動かないのか、とても興味があります。PBCの支援オフィスの置き場所についてDPA、DPKOがそれぞれ自らの内部に設置することを主張したものの、結局は事務総長の直轄にする方向で検討されていると承知しますが、これについては「屋上屋(おくじょうおく、additional layerのこと)」だという批判がある一方で、大胆な提案をするためには必要な条件なのかなとも感じます。この辺り、今後年末まで加盟国間の議論や事務局内部での調整から目が離せないところですので、今後、情報収集を続け、可能かつ適切な範囲でこのフォーラムにはインプットをしていきたいと思っています。

(3)もう一つ、そして私の最大の関心の一つは、こうした国連の活動と改革を支える「カネ」の話です。誤解をおそれずに言えば、活動財源を統一すれば国連の活動の統一は簡単です。私は人間の安全保障基金という信託基金の運営に携わっていることからよく感じるのですが、ある組織の振る舞いを決定する最も大きな要素の一つは、紛れもなく予算です。国連の予算は2年予算ですが、このことを裏返しに解釈すれば、「2年後以降の国連の姿については現時点で何ら定義されていない」ということになります。金の使い方を条件づけることによって、ある組織の振る舞いは大きく変わっていきます。

この点、私は平和構築との関係でもっとも重要なのは、実はPKO分担金のあり方ではないかと思っています。最近のPKOは「複合型PKO」といって、従来のPKOの活動にDDR(Disarmament, Demobilization and Reintegration:武装解除・動員解除・社会復帰)的な要素を組み合わせ、よりシームレスな支援を行なう方向に傾いています。ただ、その結果一つのPKOにかかる経費は非常に大きくなるという傾向があります。国連としては、なるべく多くの活動を複合型PKOの中に盛り込み、これらの経費を分担金として確保したい思うでしょう(分担金は加盟国に支払い義務が生じる)。これを統一アピール(いわゆるCAP)で集めようとすると半分も集まらない可能性があるからです。ちなみに最近ではDDRRRなんて言葉もあり(上記に加えてrehabilitation and Recovery)、財源の確保は大きな課題です。

逆に加盟国の側は、多くの要素をPKO分担金に含ませることには疑義があると思います。なぜなら、PKO分担金は通常予算と異なり安全保障理事会の決定で決まるから、すなわち安保理の理事国でなければ意思決定に関われないからです。日本のPKO分担率は通常予算分担率と同じ約19.5%ですが、日本は毎年1000億円以上のPKO分担金を支払っているというのをご存じですか? これは実は通常予算分担金の倍以上です。この1000億円の使い方について、日本は安保理に入っていなければなんら口出しができないわけです(いまはメンバー)。この辺りについて、国連が考える理想と実際の財政問題をどう調整していくのか、これが最も大きな課題の一つなのではないでしょうか。

(4)最後に、PBCで企図されていることは、そのまま人間の安全保障が目指すことの一部でもあるという点を強調したいと思います。われわれが国連で進めている人間の安全保障のコアは、「人間の視点から脅威を見る」→「さまざまな脅威の相互連関についてシステミックに対応できるようなアプローチを考える」→「その観点から国際社会のあり方自体を考える」という、やはり「統合」を最終的な目標の一つとするところにあります。PBCと少し違うところは、
人間の安全保障は必ずしも紛争だけがその焦点ではなく、例えば平時の人身売買(human trafficking)や自然災害への対応、さらにはMDGsやその実現における開発以外の要因など、人々の視点から見た脅威とその相互連関に関わることなら、より幅広くその範疇に入ってくることです。

この点、人間の安全保障ユニット(人道支援調整部の中にあります)としては、PBCの動きを注視し、その活動と有意な連携を図っていきたいと考えています。そのことが、また今後総会で議論される人間の安全保障の定義問題にも大きく影響してくると感じています。

長くなってしまいましたので、本日はここまでといたします。間違っているところなどありましたら、それぞれの視点からご指摘いただければ幸いです。

★NY国連フォーラムでは、広く安全保障と平和構築について、今後累次勉強会、インタビューなどを企画して、議論を盛り上げていきたいと思っています。ご興味のある方々におかれては、ぜひ積極的なご参加をお願いいたします。

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