2005/10/03

ODAが国の発展に対して必要か?

橋本さん、亀井さん、

おふた方のメールを興味深く読ませていただきました。
現在コロンビア大学で教育経済の博士課程に在籍している水野谷と申します。
お二人の話をお聞きして、幾つか思うところがありましたので、皆さんのお考えをお聞きしたく投稿させていだだきます。

1.ODAが国の発展に対して必要か?

財政赤字縮小のために、財政緊縮するのでなく、ODAのグラントを増加し、財政安定と政府支出拡大によるインフラ整備を目指す、という主張は国の会計としては筋が通っていますが、財政安定が国の発展にとって、最重要課題なのかという疑問があります。国によっては、通貨安定が、国の存在そのものを脅かす経済状態になっている国もあるでしょうが、そうでない途上国も多いのが現実ではないかと思います。緊急の対策を要する援助分野として通貨安定が必要な国もありますが、ODAが国の発達に対して必要かどうか一般論を述べるのであれば、一歩下がって国が自立していくための根幹となる要因を考えなければならないと思います。

私論で恐縮ですが、極論をすれば国が発達するための要因は次の2点にあると思います。

1.国の発展のためには、その国民を食べさせていく産業が必要である。
2.国の発展のためには、産業育成と再分配の国家機能が強化されなければならない。

経済の発達とその再分配の中でしか、国の発展は存在しない。その過程の中で、ガバナンス、透明性、法治国家としての素養、民主主義が涵養されていくものと考えています。税金を納めない国民と、税金の使い道を説明しない官僚と政治家の治める国が発展するというのは考えられません。

税金を徴収して配るという機能が国家機能の大動脈だと思うのですが、ODAは税金の入り口のベースである、産業育成のインセンティブにも、税収機能の強化のインセンティブにもなりません。また、ODAによって、資金へのアクセスがあり、債務超過になれば債務帳消しもありえるので、国の経済活動を根本から支える金融市場を発展させるインセンティブもありません。

この様に、ODAは発展に関する組織的なインセンティブを低下させますが、同様に個人レベルで人的資源に対するモラルの低下も招くと考えられます。アフリカで仕事をされた方は良く身にしみて分かってらっしゃると思いますが、多数の官僚は国の行く末を考えず、高給のもらえるNGOやその他援助機関への就職、海外研修、海外留学と海外で生活基盤を立てることに日々のエネルギーを使っています。政治家は重要ポストにつくと、いつでも海外逃亡できるように海外に家族を住まわして、できる限り国家資源を搾取しようとしたりします。国民意識の低い貧しい国に生まれたならば、この様な判断はむしろ合理的であり、ODAがこの様な合理的な判断をする環境を作るのに一役買っていると思います。

これらの観点から、緊急に援助を要する案件に対するODAは必要だと思うのですが、国の発展のために前述した2点に寄与しないODAは必要ないか、むしろマイナス要因の方が大きいのではないかと思っています。

2.国を超えた枠組みで援助を考える必要はあるか。

一般論として、一国一国は独自の存在であり、個人個人が自助努力で生活を成り立たせているように、国家も自助努力で発展していくべきであると考えています。ですが、例外はありますし、このような国には恒常的なODAによる援助が考えられてもいいかと思います。

例えば、日本では、「公平性の高い社会を作りたい」という社会的な合意と、「経済発展は都市化を通じて実現する」という経済の特質によって、都会で吸い上げた税金を、公共事業や米の政府買い上げを通して、恒常的に田舎に還流し公平性の高い社会を作ってきました。同様に、公平性の高い世界を作りたいというのであれば、世界の田舎には、世界の都会から恒常的に資金を還流してもよいかと思います。資源の無い、面積の小さい、人口の少ない、海のアクセスの無い国に経済発展を求めるのは非現実的ですし、この様な投資によってその国が安定するなら、この投資は近隣諸国にとっても意味のある投資であると考えられます。

あまり知られていませんが、この思想の延長上でILOでは「グローバルソーシャルトラスト」という基金を通して、途上国の健康保険のプレミアムを先進国が時限を切って援助するという仕組をルクセンブルグとガーナでやろうという試みがあります。http://www.ilo.org/public/english/protection/socfas/research/global/global.htm

ただしこれは一定期間後は被援助国が健康保険のプレミアムを負担するようにデザインされているので、恒常的な資金援助という訳ではありません。

3.マクロアプローチとマイクロアプローチの援助効果について

ここまでは、税収や産業育成などの、マクロアプローチについて論じてきましたが、民間及びNGOが主導するのが望まれる分野もあると認識しています。中央主権でやるべきもの(例:税制、水道、道路、国防、基礎年金)、地方主導でも有効なもの(例:小学校建設、地域健康保険)、民間でやるものやれる物(例:ビジネスネットワーク、年金の2階)の住み分けは援助効率を高める上でも重要かと思います一方、今日のネパールやフィリピンをみれば、民間援助の量が増大しても、その援助の国家発展に寄与する割合は比例しないと思われます。

以上がお二人のメールを見て考えたところの感想です。皆様はいかが考えられましたでしょうか?

水野谷

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