皆さん、ユニセフ・ニューヨーク本部の久木田です。
ニューヨーク国連フォーラムへの最初の投稿をさせていただきます。国連の今の動きを伝え、何が中心的な議論なのかを紹介しようという本フォーラムの一環として、今回は実況中継風にアマルティア・センの講演についてお知らせします。
昨日10月29日、国連総会第二委員会の基調講演として、「グローバリゼーションの中でミレニアム開発目標達成への集結を推し進める:原題 Forging coherence to achieve the Millennium Development Goals in the context of globalization」と題して現在ハーバード大学ラモント大学教授でノーベル経済学賞受賞のアマルティア・センの講義がありました。
この講演の知らせを受けたのは10月25日。いつものようにユニセフの国連関係調整部から、国連の中の主な行事を知らせるUN Journalの中から抜き出して知らせてきたものでした。国連各国代表部、国連職員、NGO代表者、メディア関係者を対象として招待が出されています。日程表に早速入れておきました。
10時ちょっと前に国連総会場の地下にある第4会議室に入り、傍聴席にすわりました。すでに半分くらいは席がうまっていましたが、10時10分くらいには前方の議長席のとなりにセン教授がたちました。すると、すかさず南アジアの某氏がさっと演台にかけあがってセン教授と握手をします。さすが某氏、ぬけめない元外交官の本領を発揮していると、私のまわりの数人が小声で話しています。セン教授と議長、もう一人の講演者Financial Timesのマーチン・ウォルフが着席して会が始まります。その頃には、傍聴席は満席、中央の各国代表部席もほぼ埋まりました。後部には立ち見もいます。
議長の挨拶が始まりました。声が小さい。それにスペイン語です。傍聴席についている同時通訳のイヤフォンをつけて、チャンネルを英語の1にして、ボリュームをあげます。聞こえない。紹介されたセン教授が話を始めました。比較的わかりやすいイギリスなまりの英語ですが、語尾がはっきり聞こえない。隣の若い女性も聞こえないと合図しています。セン教授は「今日の私の本当の題目は、、、」といっています。私はあきらめて、傍聴席前の北朝鮮の代表部席あたりが開いているのを幸いに、お付の席に移動してイヤフォンをとりました。少しは聞こえる。
教授は、Justiceの話を始めました。いつも深遠で本質を見据えた発言ですが、今日は正義と公正の話で切り出しました。グローバリゼーションが進み相互依存性が高まった今日の世界で、正義が行われていること、それが運命のようにそして疑いなく(manifestly and undoubtedly)行われていることが重要であると言っています。正確には正義が行われているように見えなければならない、Justice is seen to be doneというような表現を使っています。そして正義の定義として、John Rawlsの「正義論」からの引用をしています。(実は偶然、18年前までやっていた私の博士課程の研究テーマ領域の話になったので、心理学専攻で経済学者ではない私もなんだかいつもより教授の話がよくわかります。ジョン・ロールズを知らない人は教授のなまりで、ジョン・ローズと聞こえたはずです。)
次に、教授は果たしてその正義が今行われているかのアセスメントを始めました。全体として今日の世界はグローバリゼーションの恩恵を受けている。アンチ・グローバリゼーションの批評家たちの議論とは反対に、オープンな社会、経済的自由、技術の進歩、政治的な進展などによって、それは多くの恩恵をもたらしている。もちろん、それらの恩恵の公正な分配(実はこれが私の研究テーマ)が行われているとはいえないが、それはグローバリゼーションがそうしているというよりは、国内(domestic)の経済的、社会的政策の責任がもっとも大きい。教育や保健、疫学的対処、マイクロ・クレジットなど人々が活動しやすくなるような政策的なアレンジメントをどう選択するかが大切だ。それをいかにより公正なものにしていけるかが問題だ。
同様に、グローバルな市場経済化そのものは、非常に生産的で、市場経済の力を使うということは悪いことではない。ただ、その使い方にもいろいろなアレンジメントがある。どのようなマーケット・ソルーションを出していくのか、そこに公正を確保する道がある。ひとつ気をつけないといけないのは、情報の分配での不公正が世界にはあるということだ。
もちろん、統治の問題もあるが、世界の一番の不安定要因は、武器の取引である。10年以上も前にマーバブル・ハク(人間開発報告の著者)が言っていたように、G8だけで世界の武器取引の80%以上を行っている。世界の大国がこの点で大きな責任を持っている。これをなんとかする必要がある。世界で取引される大量の小火器をなんとかするべきだ。
そして、最後に世界はもっと民主的で参加型のアレンジメントを選択するべきだ。そのもっともよいコンセンサスは、2000年の国連ミレニアム宣言に集約されている。MDGミレニアム開発目標がより注目されているが、ミレニアム宣言そのものを見る必要がある。
大きな拍手で15分ほどの講演は終わりました。私の理解に限界があり、ノートをとる際にバイアスもあるので、偏っていると思います。教授の講演議事録がでたら、フォーラムのBlogにリンクを張る事にします。
この講演の例でもわかるように、国連は様々な人々の意見を聞く場を設け、世界のコンセンサスをつくり出そうと懸命です。この二週間ほどの間に、ミレニアム・プロジェクトのジェフリー・サックスの話や、プロジェクトの内容をNGOに紹介するお昼の会議など、MDGだけをとってもたくさんの会議がありました。もちろんすべてには招待されませんし、招待されても自分の仕事をほってそれに出ることはできません。よって毎回報告ができるわけではありませんが、この豊かで重要な情報をもっと多くの人々にしってもらいたい、そして国連のコンセンサス作りに参加してほしいと思います。フォーラムのネットワークを広げ、もっといろいろな人の報告が出るようになるといいなと思います。
もうひとつ。このような概念的な議論を真剣に行う一方で、国連の仕事は世界中で行われています。先月ガーナとシエラレオネに出張して、マラリア予防の蚊帳を使っている家庭を訪問したり、足首から1メートルも長い寄生虫ギニア虫が出ているのを見たり、長い内戦のなかで誘拐され兵士や性的奴隷にさせられた少女の社会復帰の訓練を見たりしました。国連軍のヘリの中で任務を終え帰国する兵士と一緒になったりもしました。また、それぞれ国のユニセフ事務所には日本人のJPOがいて、日々それらの問題と向き合っていました。国連の本当の姿を知ってもらうには現場から彼ら彼女らの生々しい報告も重要だと思います。その点でもフォーラムのネットワークを広げていきたいと思っています。
皆さんのご意見、ご感想をお待ちします。
久木田純