2005/06/30

国連憲章の署名60周年

久木田さん

> いまさらでもないのですが、組織の強さはまず掲げ> る使命によって決まるといえますので、これを機に見直してみるのもよいのではない> > かと思い出してみました

経営学で言うところの「理念とビジョン」という考え方に近いと思います。使命感の元になる「よるべ」として。官民公私の成り立ちの別は問わず、組織体としての命がそこにある、という考え方は、立場を変えてさまざまな組織体に属した経験から言っても正しいと思います。

西田

国連憲章の署名60周年

西田さん、

コメントありがとうございます。いまさらでもないのですが、組織の強さはまず掲げる使命によって決まるといえますので、これを機に見直してみるのもよいのではないかと思い出してみました。特にその使命と自分の今の仕事との関係を明確に理解しておくことは、元気に仕事ができるかどうかに関わっているように思います。

ところで、こうやって60年前の文章を読んでみると、平和や戦争、人権や発展などそれぞれの言葉の意味もずいぶん変わっているのではないかと思います。60年前には50カ国が署名をしましたが、朝鮮戦争、冷戦の展開、アフリカの独立が続いた60年代、ベトナム戦争、ソ連の崩壊と冷戦の終結、開発や人権などの世界的基準の合意、経済発展の影の貧富の格差の拡大、地球環境の悪化と温暖化、など、この60年間の変化は人類史上もっとも急速であったはずです。(その間米国の伝統的な介入主義は変わっていませんが。)

国連加盟国も191カ国になり、<http://www.un.org/Overview/growth.htm> 国際社会を取り巻く現実も変わり、国連の組織や活動もそれにあわせて変わってきましたが、やはりこの節目に国連をより効果的な組織にするための大事な改革をすすめるべきだと感じます。ただ、それは数をあわせるというようなことではなく、今も変わらない、人間の尊厳や自由といった憲章の理想部分を達成するために効果的な国連改革であってほしいと思います。

ユニセフ 久木田

国連憲章の署名60周年

久木田さん、

国連憲章前文のご提示どうもありがとうございました。じっくりとまじめに読んだのは初めてかもしれません。

, and toestablish conditions under which justice and respect for the obligations arising from treaties and other sources of international law can be maintained, and to promote social progress and better standards of life in larger freedom,

このあたりがいかにも示唆的というか、どの立場で読むのかで意味合いが変わってくる部分ですが、justiceが何で、better standards of lifeが何なのか、とある国では理解が一様で疑いの余地すらないものが、別の国ではその夫々すら怪しいというギャップがあることを、皮膚感として理解できるようにはなったような気がします。
先日、Arab Pressのピエール・シャマス社主の話を直接聞く機会があり、共有のため開示させていただくと以下のようなことになります。

1)中東を中心に発生している自爆テロの「候補人材」は、早晩枯渇する。従い、自爆テロも例外を除いては終息する。
2)アメリカは、Stubbornな国である、それを形作っているのはWASPである。Neo-conは元来は左翼だが、宗旨替えをして現在の立場を取っている。現状優勢に見えるかもしれないが、しかしながら依然としてWASPの意思は最上位にあると見るべきである。それを読み解くキーワードはStubbornであること、に尽きる。彼らは一度受けた謗りは絶対に、絶対に忘れない。

筆近、ヨルダンからハイレベルミッションが日本に来ることになり、段取りに苦労していると言う第二者としての話はさておいて、業務の進捗から考えさせられるところの多い問いかけでありました、と言うふうにはご返答できると思います。

UNIDO東京西田

2005/06/27

国連憲章の署名60周年

ニューヨーク国連フォーラムの皆さん、

今日は国連憲章が1945年6月26日に署名されてから60周年の記念日です。ニューヨークの国連本部ではその式典がありました。アナン事務総長は、「この60年間国連は国連憲章の前文にある言葉を履行すべく努力してきました。21世紀には新たな脅威やチャレンジがあるかもしれないが、同時にこれまでにないチャンスもある。前文にあるように "better standards of life in larger freedom" が達成できるかもしれない。」と述べました。二度と戦争を繰り返さないと言う誓い、人権、尊厳、平等への信頼、公正と責務の維持、経済的・社会的進歩、もっと自由な世界での生活の向上など、今も課題は続いているように思います。10月には憲章発効60周年になります。この節目にふさわしい国連改革が進むことを願っていますが、粛々と仕事に取り組まなければとも思います。

以下国連憲章の前文を引用します。皆さんはどうお読みになりますか。

PREAMBLE

WE THE PEOPLES OF THE UNITED NATIONS DETERMINED

to save succeeding generations from the scourge of war, which twice in our lifetime has brought untold sorrow to mankind, and to reaffirm faith in fundamental human rights, in the dignity and worth of the human person, in the equal rights of men and women and of nations large and small, and to establish conditions under which justice and respect for the obligations arising from treaties and other sources of international law can be maintained, and to promote social progress and better standards of life in larger freedom,

AND FOR THESE ENDS
to practice tolerance and live together in peace with one another as good neighbours, and to unite our strength to maintain international peace and security, and to ensure, by the acceptance of principles and the institution of methods, that armed force shall not be used, save in the common interest, and to employ international machinery for the promotion of the economic and social advancement of all peoples,

HAVE RESOLVED TO COMBINE OUR EFFORTS TO ACCOMPLISH THESE AIMS
Accordingly, our respective Governments, through representatives assembled in the city of San Francisco, who have exhibited their full powers found to be in good and due form, have agreed to the present Charter of the United Nations and do hereby establish an international organization to be known as the United Nations.

ユニセフ 久木田

2005/06/23

在タンザニア大・専門調査員募集/一般財政支援と共通支援戦略

DC開発フォーラム、NY国連フォーラムの皆様

 在バングラデシュ日本大使館の紀谷です。今般、開発問題で数年来協力している同僚(といっても遠隔地ですが・・・)より、在タンザニア大の専門調査員募集につき代理投稿の依頼がありましたので、次の通り転送させていただきます。応募には関心のない方も、タンザニアでの援助協調の実情が詳しく記されていますので、是非ご覧いただければ幸いです。

 タンザニアと並んで、当地バングラデシュも援助協調が進んでいます。ただし、当地では一般財政支援は行われておらず、初等教育や保健分野のセクタープログラムにプールファンドが設けられている程度です(日本は保健分野で債務削減相当資金を10億円程度投入予定です)。

 政府の予算投入の優先順位付けは、その国の政治・経済・社会状況や公共分野のマネジメントにつき深い理解が求められるので、他のドナーと一緒にそのような「未踏の地」に足を踏み入れていくのは、なかなか勇気がいることだと思います。他方、それをしなければ話が進まず、そして最終的には成果を出して相手政府に引き渡すことを目指すということで、まさに体を張って頑張っていることと思います

 もう一点、共通支援戦略の現状も、興味深く拝読しました。当地では、世銀・ADB・DFID・日本の4ドナーで、共通国別援助戦略(Joint CAS/CSP/CAP)を進めている真っ最中です(日本の国別援助計画策定に際し、このような作業への参加は初めてと理解しています)。しかし、各ドナーのCASを廃止するという急進的なものではなく、PRSPを支援するために、まずは4ドナーで共通の成果マトリックスを作り、政府や他のステークホールダーとの協議を一緒に行おう、といったものです。

 それでも、内容や日程のすり合わせ等について、他ドナーと日本国内の間に立って、様々な苦労があります。DFIDは「これからは途上国自身のPRSPが中心になるのであり、国別援助計画はできるだけ軽いものにしていくのがDFIDの方針である」と述べる一方で、日本の国別援助計画は閣僚会議に上がるため、手続きも内容もかなりきっちり詰める必要があります。ただし、これは日本だけではなく、世銀やADBもそれぞれ理事会に上げる手続きなど、それぞれ大変なようです。

 「日本は(単独で)これをやりました!」というだけでなく、「相手政府や他ドナーと協力しての取り組みの全体像の中で、日本はこのような役割を担い、成果に貢献しました」という形に持っていければ良いなと思っております。皆さんは、援助協調について、どのような課題に直面していらっしゃいますでしょうか?
前書きが長くなってしまいましたが、募集内容は以下の通りです。

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(以下代理投稿)

皆様へ

在タンザニア大使館で経済協力班長をしております横林と申します。先週15日より下記の外務省ホームページで、当館専門調査員ポストの募集が行われております。http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/saiyo/senmon/senko.html

詳しくは同サイトを参照していただければと思いますが、現場における業務内容につきよりvividな情報を提供させて頂き、少しでも多くの方々に応募していただこうと思いメールを書かせていただきました。なお、同ポストの応募締め切りは7月5日となっておりますので、下記のメールで関心を持たれた方はぜひ期日までに応募していただければと思っております。

1.タンザニアにおける援助協調の現状

 ご存知のとおり、タンザニアはサブ・サハラ・アフリカの中でももっとも援助協調が進んでいる国のひとつです。現在14のドナーが一般財政支援に参加し、世銀の借款によるPRSCも含めますと年間約5億ドルがタンザニアの貧困削減財政支援基金(PRBS:Poverty Reduction Budget Support)に投入され、政府とドナーが協調して、政府の改革プログラムの進捗状況をフォローしております。わが国も03年度以降ノンプロ無償の本体資金をPRBSに投入(約5百万ドル、全体の1%)するとともに、一般財政支援の効果を高めるために重要な公共財政改革プログラム及び貧困モニタリングの両バスケット・ファンドに資金を投入しております。

 05年7月より、第2次PRSPであるNSGRP(National Strategy for Growth and Reduction of Poverty)がスタートし、これまでの重点セクターへのインターベンションから、クロスカッティングな課題に対応した成果重視のプログラムとなっており、政府のパフォーマンスをどのようにモニターし、ドナーの対応をより協調させていく方途が検討されております。

 更には、パリ援助効果向上HLFの提言を受け、手続き及びモダリティー双方における協調を促進するため、各ドナーが策定しているCAS(CountryAssistance Strategy)等の国別援助計画を廃止し、すべてのドナーと政府が共同の支援戦略の下活動を行っていくJoint Assistance Strategy(JAS)の策定も進められております。このJASの下では、援助の7割以上を財政支援で、調達、評価等を国の既存のシステムを活用することとが求められており、日本はもちろんのこと多くのドナーにとって現場レベルでの改革が求められています。

 先般5月下旬には、当地において日英の援助協調の一環として、DFIDの次官及び外務省佐藤経済協力局長による共同訪問を実施し、財政支援に関する共同セミナーを行いました。

2.タンザニア援助における日本の支援体制

 大使館の経済協力班は班長の私を含めて5名(班長、出向者2名、専門調査員2名)ですが、他省庁から出向している2名については主にプロジェクト援助をフォローしてもらっていて、今回募集の対象になっている専門調査員には100%援助協調関連の業務を行ってもらっています。JICA事務所は、貧困モニタリング、公共財政管理プログラム、農業、教育の分野で企画調査員が派遣され、そのほか各所員が地方分権、道路、保健、農業、水等のセクターをフォローしています。わが国の現場レベルにおける体制としては恵まれている方だと思います。

3.募集ポストの業務内容

 現遠藤専門調査員にはPRBS、農業、公共財政管理プログラム、JAS等幅広くフォローしてもらっています。ドナー会合への出席、議事録の作成、コメントの調整、政策文書の作成等々同専門調査員に行ってもらっている業務は多岐に渡ります。現場における動きはきわめて早く、専門的な議論が行われているため、大変ではありますが、現段階でノンプロ無償の本体資金を使って財政支援を行っている唯一の公館としてタンザニア大使館でしかできない業務があるという意味では、やりがいのあるポストであると思っています。一方、現場における動きは刻一刻と変化しており、それに対してフレキシブルに対応していくためには、バックボーンとして開発学全般における知識と援助の現場における経験があることが望ましいと思っております。

4.今後の課題

 先般のアジア・アフリカ首脳会議において小泉総理が発表した向こう3年間における対アフリカODAの倍増に象徴されますように、今後どのようにしてわが国の対アフリカ援助を実施していくのか、これまでのプロジェクト援助のみならず、各途上国の援助戦略に沿ったプログラム援助にも積極的に対応していかなければならない状況です。残念ながらこの分野での日本の取り組みは大きく遅れをとっており、他ドナーと互角に対応する状況にはいたっておりません。だからといって手をこまねいているわけにも行かず、日本の考え方を示していきながらも、援助協調の流れにはしっかりと腰をすえて対応することがますます求められており、その意味では、当館の仕事は他では得ることができない最先端の仕事をすることができるのではないかと確信しております。

 長々と書いてきましたが、是非われわれと一緒に働いてみたいと思われる方は応募してみてください。よろしくお願いいたします。

Vacancy: Japanese Embassy in Tanzania

ワシントン開発フォーラムの皆様、NY国連フォーラムの皆様 (二度受け取られる方はお許しください)

空席募集のお知らせです。DAC事務局には直接関係いたしませんが、7月5日の締め切りが少々差し迫っているのにもかかわらず、あまり応募数がそろっていない、ということでお手伝いを承りました。(野口さん、灘本さん、先越して申し訳ありません)。

在タンザニア大使館の専門調査員の仕事を来年1月から始められる人を外務省が募集しております。以下、大使館の横林さんのメッセージを御覧になれば、要旨がおわかりになるかと思います。

ここでまた一言勝手につけ加えさせて頂きますと、私は2年前対日援助審査における現地調査の一環でタンザニアに参りましたので、少々この仕事と接点をもつ機会がありました。タンザニアは日本の援助協調が最も進んでいるモデル国のうちの一つとなっておりましたが、ドナー間やタンザニア政府に非常に高く評価されており、まさに評判通りでした。その中でも特に開発フォーラムでも時々投稿されてる現専門調査員の遠藤さんの功績は大きかったと思われます(他にもたくさんおられましたが)。

以前遠藤さんが「パーティも仕事の一環だと思って積極的に参加している」、と書かれておりましたが、援助協調とはまさにそういう一見つまらないところから始まるのが大事だと私は信じております。インフォーマルな場でピーナッツをかじり、ビールを飲み交わし、蚊に食われながらお互いに情報交換し合ってこそ、いろいろ誤解が解けたり協力する案が生まれたりするのではないでしょうか。

その遠藤さんの後任となると、期待が高いだけに一方でむずかしいかとも思われますが、逆に注目を浴びている仕事だけにチャレンジングで実りあるものかもしれません。この仕事を適切にこなせた人は将来国際的にもキャリアアドバンテージになるのではないか、と思いますので、是非多くの人が応募してみて(あるいは興味ありそうな人に声をかけてみて)欲しいなと思います。

部外者のくせによけいな事を申し上げてすみませんでした。

宮本香織DAC事務局

<メッセージ本文>

皆様へ

在タンザニア大使館で経済協力班長をしております横林と申します。先週15日より下記の外務省ホームページ(http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/saiyo/senmon/senko.html)で、当館専門調査員ポストの募集が行われております。詳しくは同サイトを参照していただければと思いますが、現場における業務内容につきよりvividな情報を提供させて頂き、少しでも多くの方々に応募していただこうと思いメールを書かせていただきました。なお、同ポストの応募締め切りは7月5日となっておりますので、下記のメールで関心を持たれた方はぜひ期日までに応募していただければと思っております。

1.タンザニアにおける援助協調の現状 

 ご存知のとおり、タンザニアはサブ・サハラ・アフリカの中でももっとも援助協調が進んでいる国のひとつです。現在14のドナーが一般財政支援に参加し、世銀の借款によるPRSCも含めますと年間約5億ドルがタンザニアの貧困削減財政支援基金(PRBS:Poverty Reduction Budget Support)に投入され、政府とドナーが協調して、政府の改革プログラムの進捗状況をフォローしております。わが国も03年度以降ノンプロ無償の本体資金をPRBSに投入(約5百万ドル、全体の1%)するとともに、一般財政支援の効果を高めるために重要な公共財政改革プログラム及び貧困モニタリングの両バスケット・ファンドに資金を投入しております。 
 05年7月より、第2次PRSPであるNSGRP(National Strategy for Growth and Reduction of Poverty)がスタートし、これまでの重点セクターへのインターベンションから、クロスカッティングな課題に対応した成果重視のプログラムとなっており、政府のパフォーマンスをどのようにモニターし、ドナーの対応をより協調させていく方途が検討されております。
 更には、パリ援助効果向上HLFの提言を受け、手続き及びモダリティー双方における協調を促進するため、各ドナーが策定しているCAS(Country AssistanceStrategy)等の国別援助計画を廃止し、すべてのドナーと政府が共同の支援戦略の下活動を行っていくJoint Assistance Strategy(JAS)の策定も進められております。このJASの下では、援助の7割以上を財政支援で、調達、評価等を国の既存のシステムを活用することとが求められており、日本はもちろんのこと多くのドナーにとって現場レベルでの改革が求められています。
 先般5月下旬には、当地において日英の援助協調の一環として、DFIDの次官及び外務省佐藤経済協力局長による共同訪問を実施し、財政支援に関する共同セミナーを行いました。

2.タンザニア援助における日本の支援体制

 大使館の経済協力班は班長の私を含めて5名(班長、出向者2名、専門調査員2名)ですが、他省庁から出向している2名については主にプロジェクト援助をフォローしてもらっていて、今回募集の対象になっている専門調査員には100%援助協調関連の業務を行ってもらっています。JICA事務所は、貧困モニタリング、公共財政管理プログラム、農業、教育の分野で企画調査員が派遣され、そのほか各所員が地方分権、道路、保健、農業、水等のセクターをフォローしています。わが国の現場レベルにおける体制としては恵まれている方だと思います。

3.募集ポストの業務内容

 現遠藤専門調査員にはPRBS、農業、公共財政管理プログラム、JAS等幅広くフォローしてもらっています。ドナー会合への出席、議事録の作成、コメントの調整、政策文書の作成等々同専門調査員に行ってもらっている業務は多岐に渡ります。現場における動きはきわめて早く、専門的な議論が行われているため、大変ではありますが、現段階でノンプロ無償の本体資金を使って財政支援を行っている唯一の公館としてタンザニア大使館でしかできない業務があるという意味では、やりがいのあるポストであると思っています。一方、現場における動きは刻一刻と変化しており、それに対してフレキシブルに対応していくためには、バックボーンとして開発学全般における知識と援助の現場における経験があることが望ましいと思っております。

4.今後の課題

 先般のアジア・アフリカ首脳会議において小泉総理が発表した向こう3年間における対アフリカODAの倍増に象徴されますように、今後どのようにしてわが国の対アフリカ援助を実施していくのか、これまでのプロジェクト援助のみならず、各途上国の援助戦略に沿ったプログラム援助にも積極的に対応していかなければならない状況です。残念ながらこの分野での日本の取り組みは大きく遅れをとっており、他ドナーと互角に対応する状況にはいたっておりません。だからといって手をこまねいているわけにも行かず、日本の考え方を示していきながらも、援助協調の流れにはしっかりと腰をすえて対応することがますます求められており、その意味では、当館の仕事は他では得ることができない最先端の仕事をすることができるのではないかと確信しております。

長々と書いてきましたが、是非われわれと一緒に働いてみたいと思われる方は応募してみてください。よろしくお願いいたします。

2005/06/18

合同勉強会開催のお知らせ

来る7月1日(金)に国連邦人職員会、国際開発学会、そしてNY国連フォーラムの合同勉強会が開催されます。詳細は下記の通りです。

日時: 7月1日 6時30分
場所: 国連日本政府代表部大会議室発表者:小島誠二 (JICA理事) Mr. Seiji Kojima, Vice President, JICA
テーマ:「新たな援助潮流への日本の貢献を目指して -JICAの課題と挑戦- 」
内容: JICAは平成15年10月、独立行政法人化され、人間の安全保障を中心に据え、緒方理事長の下でいわゆるJICA改革を進めている。この改革を通じてJICAはどこに進もうとしているか。この改革は日本のODA全体にどのような貢献ができるか。 JICAは新たな援助潮流の要請にどう応え、MDGsの達成にどのように貢献しようとして いるのか。さらに、JICAはこの改革を通じて何を国際社会に発信しようとしているのか。このような点について情報を共有していきたい。

参加ご希望の方は、6月30日(木)午後6時までにご氏名と所属先をynagashima@humansecurity-chs.org宛にご連絡ください。国連代表部の警備上、事前に登録された方でないと参加できません。また国連及び日本政府代表部職員以外の方は、6時20分に 866 UN Plaza (48th Streetの1st AveとFDRの間)に集合してIDを受け取ってからお入りください。

夏期インターンのためにニューヨークを離れておいでの学生の皆様も多いと思いますが、ニューヨークにいらっしゃる方は是非ご参加ください。

国連職員採用競争試験の実施要項

この度、2006年国連職員採用競争試験の実施要項が発表されました。募集内容については、国連競争試験ウェブサイトの英文募集要綱をご参照下さい。

国連競争試験:http://www.un.org/Depts/OHRM/examin/exam.htm
または外務省国際機関人事センターホームページ:http://www.mofa-irc.go.jp

※(国際機関人事センターのウェブサイトに一般的な応募用紙の記入見本があります。  
応募書類の記入見本: http://www.mofa-irc.go.jp/boshu/oubo_kakikata.htm

国際機関人事センター
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Recruitment Center for International Organizations
Ministry of Foreign Affairs, Japan
2-2-1 Kasumigaseki, Chiyoda-ku, Tokyo 100-8919, JAPAN
Phone : +81-3-3580-3311 (Ext. 2841)
 +81-3-5501-8238
Fax : +81-3-5501-8237
E-mail : jinji-center@mofa-irc.go.jp
Website: http://www.mofa-irc.go.jp
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2005/06/10

ODAの質の改善と国際水準の確保を

フォーラムの皆様へ

初めて投稿させていただきます。IDBのラッセルと申します。
下の安西様の投稿にあります

>具体的には税制改革(tax baseの見直しやtax administrationの強化等-これも
>pro-poorであることが原則)が最優先課題ではないかと思います

と いう点ですが、原則的には賛成です。しかし、最近税制関係のプロジェクトに関わリはじめてわかったことは、発展途上国においては(少なくともラテンアメ リカの大半の国では)国民が「税金の取れる人」「取れない人」という二つのグループに分けられていること、後者(つまり貧困層)は一銭も税金を払っていな い(少なくとも直接税は払っていない)、というのが実情だということです。これは必ずしもpro-poorのポリシーに基づいてそうなっているわけではな く、技術的に国民の所得が把握できるシステムが出来ていないこと、基本的な住民台帳などがそろっていないこと、ブラックマーケットのみで経済活動している 貧困層が多いこと、などに原因があります。したがって、徴税率において優遇する、という方法は取れないことに注目すべきです(今現在0%なわけですか ら)。したがって税制分野においてはpro-poorの概念を導入するには富裕および中間層からの徴税をより透明性と効率の高い形に改革し、結果的に税制 の持つ資源の再分配機能を改善する方法が現実的であると考えます。

ラッセルまり子
米州開発銀行地域営業局第二(中央アメリカ、メキシコ、パナマ、ベリーズ、ドミニカ共和国、ハイチ担当)

人間開発か、経済開発か、ミクロとマクロの間

JICAタンザニア事務所で働いている山内です。

開発学の根本にかかわるメールのやりとりに教えられながら興味深く読ませていただいています。

メールを読みながら私は先週完成したばかりのPRS第2世代としてのタンザニアNSGRP(National strategy for Growth and Reduction of Poverty)の枠組みについて考えていました。

本NSGRPは第1PRSと同じく「国家開発アジェンダの中で貧困削減に焦点をおくための包括的政策枠組み」でありますが、名前の通り貧困削減に関する「経済成長」の役割が重視されています。
そこで貧困削減を達成するための3つの重要要素として、1.成長と所得貧困の削減、2.生活の質と社会福祉の向上、3.ガバナンスとアカウンタビリティー をあげ、前2者はそれぞれ貧困削減に貢献しながらまた相互に関係し、後1者は前2者を支え、もちろんそれ自身も貧困削減に貢献する構造になっています。
1.の中では成長が公平な分配を通して所得貧困の削減に貢献するとし、「成長の源泉(Sources of growth)」を人的資源、投資、貿易、援助などさまざまな要素をあげており、分配部分はBroad-based and equitable growth(裾野の広く公平な成長)としています。これは吉野さんがSPAからあげられていたShared growthのラインかな、と思っています。

しかし、国家予算の約半分が援助で賄われている国でどれほどインフラ整備や成長の源泉を模索できるのかというのが課題です。アフリカのような貧困国でどの ような開発計画をとるのか、それは本当に難しい問題ですがマクローミクロのバランスの中でまずミクロ面の貧困削減を目標としてそれにより重心をおきながら 考えていくことなのかなと思っています。

山内

2005/06/09

人間開発か、経済開発か、ミクロとマクロの間

皆さん、在NY、ユニセフの久木田です。

最初に訂正をします。  佐藤寛編1996アジア経済研究所刊の書名は「援助研究入門」でした。新旧開発パラダイムの比較については第8章 「開発援助と心理学」を参照してください。

植田さん、吉野さん、安西さん、コメントありがとうございます。

植田さん、

経 済開発と人間開発は深く関わっていますが、開発の目的を人間開発とするか経済発展とするかでは、大きな違いがでてくるのではないでしょうか。何のための開 発かという一番大切な部分で、「人間開発のために経済開発が重要だ」という見方と「経済の発展成長のために人間への投資が重要だ」という見方には、明確な 価値観の違いがありますし、それに伴う開発へのアプローチも、ODAのあり方も、その結果得られる成果も大きく異なります。「経済中心の開発」と「人間中 心の開発」という視点から展開してきた二つアプローチは、それぞれに様々な側面での整合性をとろうとするため、独特の開発パラダイムを形成しているように 見えます。下に数年前に作った対照表をつけます。先にも書きましたが、この対比については、いろいろな反論や賛同をいただきました。極端な比較だ、人間開 発にバイアスがかかっている、経済開発でも参加型をやっている、など。いかがでしょうか。

吉野さん、

明快でバランスのと れたコメントありがとうございます。私の知りたかったWolfowitzを迎えての世銀の様子も臨場感ある報告で感謝いたします。ところで、ひとつ気にな るのは、「(経済)発展か、貧困削減か」というときの貧困の意味なのですが、貧困の定義が人間の能力の欠如と収入の欠如をあわせたものであるとするなら ば、これを対比するのは変な感じがします。貧困削減を人間開発と同義に使っているという見方もできますが。私も明確に使い分けてはいないので、自問も含め ての点です。

さて、私もマクロとミクロの間をどう調整し、特にミクロの効果を上げることによってマクロにつなげていくか、そしてそのシナ ジーを出していくかが大事だと思っています。私は下の二つの新旧パラダイムの対比はミクロとマクロの二つの視点での開発政策の対比とも言えると思います。 そして、この二つの大きく異なるパラダイム間のインターフェースをどのように作っていくのかが今の開発実務家の課題ではないかと思っています。このような 極端な比較をしたのもそこにくさびを打ち込みたかったからだともいえます。「マクロ経済政策を住民参加型でやっています」、というようなあやふや、竜頭蛇 尾、羊頭狗肉の説明では、この溝をうめることはできないのではないかと思うからです。マクロに強い国際金融機関とミクロに強い国連機関とのインターフェー スをどうするのか、個人的にはそこに興味があります。DCとNYの間をどうつなげるか、財務と外務をどうつなげるかにも関わってきますね。

安西さん、ダッカ以来ですね。おひさしぶりです。

経 済インフラの重要性については、ILOの上田さんが分かりやすく書いていたように、私もわかるような気がします。しかし、やはり開発協力の点からいくと、 ミクロとマクロへのインプットのバランスが悪いと思います。ミクロでの比較的小さなインプットで効果を上げること、まずは人間が元気になることで、マクロ も景気がよくなるというのが本来の形ではないかと思います。マクロ政策での重要な点は、ミクロでの改善も吹っ飛んでしまうような、政策の失敗や変更をしな いことが重要ではないかと思います。


表1.開発パラダイム新旧対照表
─────────────────────────────────
...................................新パラダイム.........................旧パラダイム
.................................(エンパワーメント型)............(ディス・エンパワーメント型)
─────────────────────────────────
目 標........................... 人間開発、基礎社会開発....経済成長、経済開発
イニシアチブ................ 住民が問題解決のため ......援助側が外交政策や利益のため
オーナーシップ.............住民、途上国政府.................一部官僚や援助側
開発プロセスへの責任..住民の自己責任..................援助側の官僚と納税者に対して
協力機関との関係性......パートナーシップ、平等........援助側と被援助側、従属
協力機関の役割............対話と自助努力の促進.........一方的な計画の遂行
優先事項の決定............住民による民主的な決定 .....専門家による一方的な決定
計画作成.......................住民による発展的計画.........専門家による青写真の作成
対象へのアプローチ.......統合的、相互補完的.............セクター、分野別、垂直型
実施支援組織 ...............民主的地域組織、NGO........専門家、統制的中央組織
実施形態.......................参加型、自主的.....................外部主導型、
コストの負担...................自己負担、小規模融資.........インセンティブ、報酬
実施のペース ................住民のペースで ..................予算の実施期間にあわせて
事業の規模・対象...........小規模、広範囲....................大規模、特定地域に偏在
利用する資源.................地域の人材と資源.................外部の資金、資材と技術者
技術の選択と使用...........適正な地域技術の適用........高度な外部技術の移転
評価 ..............................住民により継続的、頻繁.......専門家により短期、一回
評価指標.......................人間的・社会的指標 ............物理的・経済的指標
環境との関係.................調和的....................................制御的
ジェンダーへの配慮........高い、主流化促進................低く表面的、全くない
形成される心理状態.......自立性、自尊心の向上..........依存性、無力感の増加
形成される行動類型.......積極的相互作用.....................受動的、疎外、孤立
貧富、地域差、性差........縮小.........................................拡大
能力構築........................高い.........................................低い
持続可能性....................高い.........................................低い
────────────────────────────────
(出所)著者作成:一九九七年国際開発学会発表論文「新開発パラダイム概念化への試み」を一部改訂。至文堂刊、現代のエスプリ「エンパワーメント」特集1998年第376号に掲載。

ODAの質の改善と国際水準の確保を

皆様、

「経済インフラ重視」に世銀の振り子が戻りそうだという点に関して投稿します。1970年代以降途上国の公共投資は軒並み減少傾向にあり、昨今のPRSP策定においても殆どの場合IMFとの事前合意により政府支出の枠が決められ、特に公共インフラ整備を制約することが多いと理解しています。MDG達成も視野に入れ、中長期的な成長と貧困削減を確保してゆくために、pro-poor growthを誘発するような(その意味で質の高い)公共インフラ拡充の必要性は高いはずですが、世銀がそのような方向へ重点をシフトしようとしているのであれば歓迎すべきことではないかと思います。ただ、その際の資金源ですが、ドナーによる支援を続けながらも出来るだけ途上国国内の資金調達を促してゆくことが重要であり、具体的には税制改革(tax baseの見直しやtax administrationの強化等-これもpro-poorであることが原則)が最優先課題ではないかと思います。

また、国内の資金調達という観点から付け加えますと、民間部門の資金調達促進も急務であり、貧困層の資金調達というと各ドナーはマイクロ・クレジット支援に走りがちですが、金融制度全体の整備や銀行の経営効率・透明性向上のためのサポート(それにより貯蓄の増加、貸出金利の低下等が期待できる)も同時に行ってゆくことが重要と思います。(ただ、税制、金融のいずれもcorruptionの巣窟であり、実際に技術協力を行う際のチャレンジは相当なものと思いますが.....)


安西尚子
(1998-2001: JBIC、2001-2003:UNDPバングラデシュ事務所等を経て現在政府開発援助コンサルタント)

ODAの質の改善と国際水準の確保を

在ワシントンの吉野です。

経済成長が必ずしも貧困削減につながらないこともあるということは大切なポイントであると思います。同時に、経済成長なくしては貧困も削減されないということも一般には言えましょう。特に政治経済的にはなかなか困難ではないでしょうか?

もちろん先進国であうと途上国であろうと、パレート最適な経済にあるわけではないので、その意味ではゼロ経済成長でも政策手段によっては貧困削減が可能であると思いますし、また勿論のことながら、貧困削減が必ずしも所得のみによって示せるものではありません。

ただいくら概念的には「成長」と「貧困削減」を対峙させて議論することができても、経済全体の政策レベルではone or the other といった話でも無くなっていると感じています。経済成長という政策目標を一つのベクトルであるとすれば、貧困削減という政策目標のベクトルは必ずしも正反対を向いているわけではありません。二つのベクトルの間は鋭角、ベクトルの和をとることによって、mutually reinforcingなものであるべきでしょう。また、植田さんがおっしゃっているとおり、長期的に貧困撲滅が経済成長に資するということも考えられます。

もちろん、「成長」と「貧困削減」の二者択一的な構図というのは、政策判断、あるいはドナーによる政策介入のマージナルな部分においては、あって当然です。しかし、総合的なレベルで議論するのであれば、いかに二つをミックスさせていくかということを、国レベルの開発政策を考える。

その意味で、成長と貧困削減の関係を考える際に、途上国を一つとして考えるのは、非現実的です。正に紀谷さん・須永さんがおっしゃっていたように、途上国各国の個別状況によって「成長」「貧困削減」の関係が意味することは変わってくるのだと思います。6月1日の就任初日に行われたWolfowitz新総裁による行内タウンホールにおいては、各地域のカントリー・オフィスとの間のビデオ会議リンクも張られており、バングラやらブラジルなどから、それぞれ管轄の「お国事情」を反映してのコメントが新総裁に向けられておりました。例えば、サブサハラ・アフリカと中所得国においては、経済成長が貧困削減にいかなる意味をもつのか、あるいは貧困削減が成長にいかなる意味をもつのか、またどのような政策介入がなされるべきか、ずいぶん異なるわけです。またアフリカの中でも相当ばらつきがあるわけです。(日本も旗振り役で活躍した新開発戦略では、包括的アプローチとともに個別アプローチというのがありましたね。)

さらに、私個人としては、「貧困削減につながる成長策」というマクロからミクロへ効果を下ろしていくアプローチとともに、「成長につながる貧困削減策」とでも申しましょうか、ミクロからマクロへ効果を押し上げていくアプローチも考えることが、開発実務者の間で考えていくことが大切だと感じています。これまでもマクロ・エコノミストが中心となり、前者のアプローチの分析・政策介入はなされてきましたが、これからは同時にセクター・レベルの専門家あるいはセクター・エコノミストにより後者のアプローチであるミクロ・レベルの成長・貧困削減を如何にマクロにつなげていくかという開発支援策にエネルギーを費やすべきだと思います。(この二つのアプローチの間にもconsistency、連携が必要なことは当然ですが。)

世銀のアフリカ局では、チーフ・エコノミストであるJohn Pageを中心に、「sharedgrowth」という言葉が今年に入ってから流行っております。1月のSPA(Strategic Partnership with Africa)でも新たな貧困削減へのアプローチとしてembraceされたようです。(i) Promoting the private sector, (ii) creating an "export push" and effective regional integration, (iii) managing natural resource rentsの3つをShared growthへの重要な要素と捉えています。ここで民間セクター振興といっても、工業のみならず、農業、サービス産業といった幅広い分野での民間セクターの振興です。現在、世界中において継続的に企業データ収集が実施されている世銀のInvestment Climate Assessmentsも、サブサハラ・アフリカにおいては、農業、そしてまさに貧困削減と成長の関係を握っているインフォーマル・セクターも徐々にカバーしていく方向です。(インフォーマル・Souces of Growthのidentificationから始まり、それを成長を実現すべき政策介入・支援が続くことを期待しています。つまり二番目のミクロからマクロへの押し上げアプローチです。

なお、最後に中村さんがおっしゃっていたように制度変更の順序とスピードを考慮して変更を行うことは非常に大切なポイントだと思いました。以前一緒に世銀で仕事をさせていただいた方が力説していた点ですが、スタティックでなくダイナミックな文脈での政策のオプション化を考える必要があるでしょう。

吉野 裕

ODAの質の改善と国際水準の確保を

IMFの植田です。

どうも経済開発と人間開発が違うものだという見方が主流のようですが、経済成長論や開発論の研究者であれば、経済の発展成長にもっとも重要なのは、主に教育と医療衛生の充実を通じた人間への投資であることに異論はないはずです。違いがあるとすれば、経済発展の観点からみれば、人間への投資と同時に、民間部門が資本蓄積をスムースにできるような制度や公共インフラの拡充も図るべきとなります。

植田

ODAの質の改善と国際水準の確保を

NY国連フォーラム、DC開発フォーラムの皆さん、

今週はユニセフの執行理事会が開催されており、私が忙しくしている間にこの議論も地球を一回りしてきました。中村さん、仲居さん、上田さん(お久しぶりです。)、紀谷さん、そして須永さん、コメントありがとうございます。

世銀がどこにゆくのかについてはもう少し様子をみないといけないのでしょうが、経済中心のアプローチをとるのか、それとも貧困削減に焦点をあてるべきかの議論は、やはり開発の中心議題として、先のよく見えないこの時期にこそ議論すべきであると思います。

話はちょっと遡りますが、私は、以前1997年に経済中心の「旧パラダイム」と人間中心の「新パラダイム」について日本の国際開発学界で発表したことがあって、それ以来この対比について考えてきました。この対比の仕方については、「経済中心のかつてのODAのアプローチが人々を非力化してきたのに対し、人間中心のアプローチは人々をエンパワーする」という議論でしたから、いろいろな反論や賛同を受けました。佐藤寛さんが編集したアジア経済研究所の「開発援助入門」の一章にこの対照表を入れたときも原稿の段階で他の審査者から丁寧な反論が出ました。現在の結論としては、これはマクロの視点からのアプローチとマイクロ・レベルの視点からのアプローチの違いであって、このふたつのアプローチの相補的な関係を作り出すアプローチが必要だ考えています。その意味で、成長も貧困削減も同時に見ないといけないという議論やPro-Poorの経済政策という考えともそう変わらないと思っています。

しかしこの問題の大事な点は、どちらがいいかというよりも、そのバランスの悪さにあります。日本のODAを例にとっていえば、日本のODAがいまだに経済インフラを中心とした部分に大半のお金を使っており、人間開発に直接結びつく、基礎保健、基礎教育、簡易の給水や衛生設備など「基礎社会開発」分野にほんの少し(DACの数値で2-3%)しか使っていないということです。MDGの大半は、これらの分野の改善によって達成されるわけですから、日本のODAではMDGにほとんどインパクトがないということになります。(これは、日本だけでなく、世銀にしても同じだと思います。二年ほど前に世銀のHuman Developmentのポートフォリオが五年間で10%から30%になったと世銀幹部が豪語していましたが、その割合が今後減ると言うことになると残念ですね。)

それでは、日本のODAをどうしろというのか、ということですが、それはあまり難しい話ではなくて、これら基礎社会開発分野への支援を少し強化すればよいのです。この分野に10-15%、できれば20%程度をつぎ込むことです。そうすれば、ODA予算の伸びがなくても、MDGの達成に大きく貢献できるといえます。これがODAの効果を高め、質を改善し、アフリカの問題解決に大きく貢献するということにつながります。たとえば、日本政府が先に発表した、「アフリカへ蚊帳一千万帳の支援をする」というのは、子どもと妊産婦の死亡率を低減してMDGに大きな効果があるだけでなく、世界のマラリア対策に先鞭を切ったいい例だといえます。この費用は6-8千万ドルくらいでしょうから、低コスト、高インパクトのいい例でもあります。

一方、GNIの0.2%を切ってしまったODAの総額は、国際標準からしても、日本人一般の人々の感覚からしても、お粗末なものだといえるのではないでしょうか。膨大な公共工事や防衛費などと比較しても、世界に貢献する国とは言いがたいでしょう。せめて、EU諸国と並んで0.5%くらいの水準に2010年までにもっていくべきでしょう。ODAは税金でまかなっているのですから、「国民の皆さん、年間400万円の収入から2万円をODAとして出して、世界の貧困をなくし、紛争を予防し、環境改善を進めて見ませんか?」と、問いかけてみたらどうでしょうか。「核戦争や紛争、テロ、環境破壊、感染症の蔓延などから日本を守り、世界に胸をはって暮らしませんか?」と問いかけてみてはどうでしょう。私なら即払いますが、皆さんいかがでしょうか。給料から天引きの人も、注文くらいは付けるのではないでしょうか。

折りしも政府の経済財政諮問会議が「骨太の方針」を出そうとしているときですから、ODAの質の改善と国際的な水準の確保を明確に入れてほしいですね。地球の裏側からいっても聞こえないかもしれませんが。国内の政治的、経済的優先事項をすべて検討した後に、残った予算でODAを考えるのではなく、日本国憲法の前文にあるこの言葉を骨太の方針に盛り込むのは、今をおいてはないのではないでしょうか。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」

久木田

成長か貧困か、そもそも開発か?

皆様へ、

 国連代表部経済部の須永です。当代表部で主催したシンポジウムで議論されたとがこのフォーラムで議論の的になって喜んでいます。このシンポジウムは、日本は9月の国連首脳会議に向けて安保理改革だけをやっているわけではなく、開発にも一生懸命取り組んでいることを示すことが目的でした。でも、ただ開発と言ってもMDGsなどは国連では飽きるほど議論されているので、新味を出すために、これまであまり注目されてこなかった、内陸国や小島嶼国、それから日本が得意としている南南協力などに焦点を当てることにしました。
 ステイグリッツ教授に私がお願いしたときには、特に注文はつけずに同教授の開発に関する考えを披露していただきたいと伝えただけでしたが、同教授は、期せずして、成長は必ずしも貧困層に裨益しない、援助は万能薬ではない、農業生産性の向上が必要、国際貿易における特恵措置の拡大が重要、知的所有権の問題や熱帯雨林の保護も重要と述べるなど、多岐にわたる論点に触れた上で、援助においてone-size-fits-allな考えは機能しないと最後の方でまとめていました。日頃、当代表部が述べていた論点(日本と考え方が違う点もありましたが)が取り上げられて、少々おどろきました。国連においてはミレニアム・プロジェクトのサックス教授が活躍しており、当代表部でもかなりの頻度で同教授と議論をしてきましたが、私は、同教授の主張がMDGSを達成するためには援助資金の量を増大しなければならないという点に焦点が当てられすぎていると考えており、今回のシンポジウムではステイグリッツ教授にお願いして、結果としていろいろな論点が出てきて良かったと思っています。このシンポジウムの模様はいずれ当地のForeign  Policy  Associationのホームページにも掲載される予定ですので、関心のある方はお読みください。
  ところで、貧困撲滅と経済成長の関係についてはいろいろな研究があり、私のようなものが語るには大きすぎるテーマですが、政策的な含意も多いと思います。私が携わった新ODA大綱においてもこの問題は大きな議論になりました。日本は東アジアの経験などをふまえて経済成長を通じる貧困削減を主張しているわけですが、ステイグリッツ教授が言っているような有力な反論(久木田さんのメールを参照)もあるわけです。でも最近では、英国のアフリカ委員会報告書も経済成長の必要性を認めているし、以前の貧困削減一辺倒から少しずつ流れが変わってきているような気もしています。因みに、この議論の政策的含意の一つとしては、日本の主張が正しいとするなら、インフラを重視して借款も投入する援助政策もある程度有効ということになるでしょう。ただし、外務省の経協局にいるときに、私が学者やNGOに同様の主張をしたらいろいろな反論に会いました。まさに紀谷さんが言うように国ごとに考える必要があって、one-size-fits-allな結論はないのかもしれません。
  話しは尽きませんが、当代表部のシンポジウムが契機となり、この古くて新しい問題がこのフォーラムで議論されたこと歓迎します。

2005/06/07

成長か貧困か、そもそも開発か?

DC開発フォーラム、NY国連フォーラムの皆様

在バングラデシュ大の紀谷です。ユニセフ本部の久木田さんからの投稿を機に始まった本件議論を興味深く拝読しております。NY・ジュネーブと来たので今度は途上国現地からということで一言コメントさせていただきます。(脱線ですが、最近世界各地から活発な意見投稿があって面白いですね。)

当地での実感としては、「成長か貧困か」ではなく、「成長も貧困も」大事であり、双方とも実現するための方策は、国ごとの創意工夫が重要、というものです。

成長と貧困の関係を分析し一般化・定式化することは、学術的に興味がある話ですし、途上国全体を十把一絡(じゅっぱひとからげ)に見なければならない国際機関・会議や先進国での議論にとっては重要なのかもしれません。また、そのような分析が、あるいは個々の途上国にとって新たな視点をもたらすのかもしれません。

しかし、個々の途上国を見た場合に、まず大切なことは、それまでの開発努力の成果と問題点を分析し、どのようにすれば最も効果的に中長期的な国民の貧困削減を達成できるかということではないかと思います。

例えば、バングラデシュの場合は、貧困層に焦点を当てた巨大ローカルNGOであるBRACの活動、同じく貧困層へのマイクロファイナンスを推進したグラミン銀行などがありますが、(都市国家を除き)世界最大の人口密度・1億3千万人以上の人口を養うには、輸出の8割を占める縫製業や新たな産業の開拓で成長を確保する必要があります。そのためには、電力・港湾・道路・橋等の大規模インフラや規制枠組みの改善等が重要です。

このような視点から、バングラデシュのPRSPでは、「成長、人間開発、ガバナンス」の3政策をベースに、国の社会的・経済的エネルギーを開花させる(Unlocking the Potential)ための触媒として、「雇用、栄養、母子保健、水・衛生、初等・中等・職業教育、警察・司法、地方行政」という7つの(中期的)戦略課題を掲げています。

成長と貧困の関係に関する美しい整理は、途上国毎の現実に適用した場合に雲散霧消してしまい、国毎に「まず何に取り組むべきか」というCritical Driversの発見こそが大事なのではないでしょうか。

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というのが開発の世界の議論なのでしょうが、ここで、6月6日に発表された財政制度等審議会の「平成18年度予算編成の基本的考え方について」という建議を見ると、次のようなラインになっています。

「6.政府開発援助

 ODAに対しては、国民より、その効果や効率性について様々な批判があり、その規模についても厳しい見方がなされている。会計検査院等からもODA事業の非効率な事例の指摘が数多くなされている。こうした国民の厳しい見方や深刻な財政状況に鑑み、これまでODA予算の縮減を図ってきたところであるが、極めて厳しい財政事情の下、今後も量重視から質重視へ考え方の転換を図りつつ、援助対象国の一層の重点化や援助手法の見直し等による、徹底した戦略化・効率化を進め、予算の縮減に取り組んでいくべきである。

 また、近年、国連分担金やPKO分担金等の国際貢献に関する財政支出が増加してきているが、厳しい財政事情に鑑み、これらの経費のあり方についても厳しく見直していく必要がある。」

http://www.mof.go.jp/singikai/zaiseseido/tosin/
zaiseia170606/zaiseia170606.htm


世界での問題の状況に一切言及がなく、国民の批判や会計検査院の指摘のみを引いて、極めて厳しい財政事情の下、予算の縮減を提案しています・・・

日本の開発関係者としては、開発政策研究の最先端の議論に参画しながら、他方でそのような事情にほとんど目を向けない人たちに対して、日本が開発問題の解決に向けて重要な役割を担う意義を説明していかなければならないという、厳しい二正面作戦を今後とも続けていかなければならないと思います。

このような中で、例えば「国内の更なる公共事業と海外援助のどちらが重要か」、また「国内の公共事業の無駄を省いて海外援助にまわすべきではないか」といった、国家予算のパイの配分に関する明示的な政策論議も行う必要があるのではないでしょうか。

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最後に情報紹介ですが、6月6日に東京でODA総合戦略会議が開催され、その資料がウェブサイトに掲載されました。対アフリカ支援、我が国のODAを巡る現状と課題、ガーナ・エチオピア・バングラデシュ国別援助計画等の関連資料を見ることができます。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/kaikaku/kondankai/
senryaku/22_shiryo/giji_s_1.html


特に、ODA評価有識者会議による平成16年度評価結果の概要に記されている提言は、戦略的・効果的・効率的援助、援助能力の強化(事業の質の確保、援助スキームの改善・柔軟化)、ドナー協調に対する柔軟な対応、上位計画・行政能力向上に対する支援、MDG関連の支援の強化など、いずれも貴重なものです。(バングラデシュ国別評価の結果も盛り込まれています。)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/kaikaku/kondankai/
senryaku/22_shiryo/shiryo_5.html


このように、東京で行われる会議の資料が翌日にはウェブに載るというのは大変ありがたいことです。(ちゃんと遠くで読んでいます!)

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以上、随分長くなってしまいましたが、今後とも、ML上で議論しつつ、私たち自身による具体的な行動につなげていくことが大事ではないかと思っております。皆様からの投稿を楽しみにしております。

世銀はどこへいくのか?

ジュネーブのILOにおります上田と申します。(久木田さんお久しぶりです。)つい最近国連フォーラムと開発フォーラムの存在を知り、皆さんの議論を興味を持って拝見しておりました。
開発の分野では影響力の大きい世銀だけに、(これはもちろん世銀に限りませんが)特にトップが変わることで優先分野の変更、それに伴っての機構改革が行われるのが通例となっているようなので、今回の久木田さんの報告と問題提起は私も大いに関心を持つところです。
さて、成長が必ずしも貧困をなくさないのは明らかですが、成長なくしては貧困をなくすことは、(少なくとも国内政治の面で)非常に困難ですから、いかに「貧困層にやさしい」成長(Pro-poor growth)を確保するのかということが課題でしょう。その為には、スティグリッツ教授のおっしゃることはすべて実行することが必要であって、もしもこれらが本当に「ワシントン・コンセンサス後のコンセンサス」となっているのであれば大歓迎ですが、実際どうなのでしょうか。(ワシントン地区の皆さんいかがですか?)
開発は生活が良くなる事だと(別に誰に言われようとあまりにも当たり前なことのようにも思えますが)確かロバート・チェンバースが定義しましたが、ここで敢えて成長側の議論をしますと、健康で教育を受ける機会があっても、その後で十分な収入が得られなければ教育・保健への投資も無駄になってしまい生活が良くならないばかりか、逆に次の世代の教育への意欲もそがれてしまいます。(実際、世界の多くの国で学校は出たけれど仕事が見つからないという若者がたくさんいます。ただ、貧しい若者は「失業」していられませんが。)収入を向上するためには、世銀の言う「投資環境」の整備が同時に必要です。「投資」という言い方で、お金だけ扱っているように(投資家だけのためだと)誤解される恐れはありますが、実際は政府の役割(ガバナンス)、貧困層など社会的弱者の参加、市場経済の下で経済活動をおこなうことに伴うリスクを軽減するためのセーフティーネットの拡充、教育・保健に代表されるような社会サービスの充実、自然環境との調和といったものは、貧富の差の拡大を最小限に抑えながらも成長を確保するために、人々の生活が良くなっていくために、すべて重要な要素です。
ただ、たとえば成長のためのインフラ整備を例としてみると、インフラ自体が良い悪いというよりは、どのようなインフラをどうやって整備するかということが議論されるべきでしょう。たとえば、山奥の村に住んでいる人たちにとって一年中使える道路がないと、経済活動はともかく、クリニックや学校に行くにも困難です。 また、地元の人たちの収入によりつながるような道路建設・維持が可能です。
御察しの通り私はILOに居りますので、収入を向上しないで(仕事を得ないで、あるいは作らないで)貧困をなくすことはできないのではないかと考えてしまいます。また、まともな仕事を得る(作る)ためには、権利、社会保護、参加ということが当然ことながら必要となりますが、こう考えるのは、もしかすると、ILOに長く居すぎる証拠でしょうか。

世銀の今後の行く末に関する議論は総裁の交代もありますが、世銀のOperations Evaluations Department の出しました2004 Annual Review of Development Effectiveness (ARDE) http://www.worldbank.org/oed/arde/2004/?intcmp=5111010からにも由来すると聞いております。この報告書では世銀の貧困に関する戦略は成長と社会面の二つの柱があって、この二つの相互関連に関する認識が薄かったという反省が書かれています。どんな組織でも内部の部局相互の協力を促進するのは大変に難しいものがありますが、今後世銀がどのように内部機構の問題に対応していくのか、もし、世銀が援助の分野を絞るのであれば、残された援助課題を他のどの機関が実行するのか、その為の資金をどう確保するのか、というより、ドナー国がどの様に資金配分を他の機関にもするのかといった課題につながっていきます。それから、世銀の動向いかんにかかわらず、世銀や他の開発銀行と国連機関との、そして、国連各機関同士の協力が必要です。この協力には政策自体の整合性を確保することと、現場での調整との両方が含まれます。
また、世銀などの開発銀行にあれだけのグラントの資金(トラストファンド?)が流れる一方で国連各機関への技術協力資金の流れが減少しているように思えるのはお金のない一国連機関に勤める者の僻みでしょうか。
上田 隆文

貧困削減か、経済成長か

ニューヨーク国連フォーラムの皆様、

UNICEFコンサルタント、兼、ニューヨーク国連フォーラム幹事の仲居宏太郎です。今回は、UNICEFのコンサルタントというよりは、国際人権法をつい最近まで勉強していた者として投稿させていただきたいと思います。

久木田さん、興味深いスティグリッツ教授の講演内容とコメント、ありがとうございます。貧困削減か、経済成長か? どちらも人間の発展にとって大切なので、たいへんに難しい問題であると思います。「援助は増やすべきだという議論をしました。援助は万能薬ではないが、援助がなければMDGsは達成できない。正しいフォーカスをすると同時に援助の量をもっと増やすべきだ。貿易上の特権を貧しい国に与えるべきだ。知的所有権の問題を見直すべきだ。武器の取引をやめるべだ。最後に、先進国は熱帯雨林の保持にお金を払うべきだ...」 私もスティグリッツ教授の意見に賛成です。
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私自身の立場からの結論から申し上げたいと思います。

私の意見としましては、仮に経済成長に重点を置くとしても、社会権規約(ICESCR)や児童の権利条約(CRC)のような国連の人権条約の立場から、見逃せない視点があるとおもいます。国際金融機関が貧困削減、または、経済的、社会的権利の保障を軽視する(例えば、生活水準・貧富の差、少数民族の経済的、社会的権利などの軽視、経済成長重視のための過度のPrivatisation、地域産業、貧困層を無視した度を越した貿易自由化の促進など)のは、上記の国連人権条約の義務と矛盾しているかのように思われます。

社会権規約や児童の権利条約は、締約国に国際的な援助及び協力を通じて、発展途上国をはじめとする国々の人々の経済的、社会的権利を実現に近づけるための努力をする義務を定めています(ICESCR 第2条 ・General Comment on the Implementation of the ICESCR No.3、CRC 第4条「国際的協力の枠内で...措置を講ずる」)。それ故、これらの条約の締約国であり、かつ、国際金融機関の意思決定に関与する国家はその意思決定に際して、これらの条約の義務に違反しないように相当な注意を払う義務があると考えられます。(ちなみに、日本、ドイツ、フランス、UK等は両方の条約の締約国です。残念な話ですが、アメリカはどちらの条約の締約国でもありません。)
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以下、特に社会権規約と国際金融機関に関して、より詳しい説明を加えたいと思います。

社会権規約とは?
社会権規約(The International Covenant on Economic, Social and Cultural Rights -ICESCR) は、1966年に国連総会で採択され、1976年に発効した国連の条約です。2005年4月27日の時点で151カ国がこの条約の締約国です。この社会権規約は、世界人権宣言よりもより包括的な経済的、社会的、文化的権利を含んでいます。
例えば...
社会保障についての権利
家族、母親、児童の保護
生活水準についての権利
教育についての権利(無償義務教育など含む)
健康を享受する権利
人種、性、宗教、政治的意見等に基づく差別をせずに、上記の権利をはじめとする権利を各々の締約国は、必要な措置を講ずることにより漸進的に人々に対して実現していく義務を負っています。また、締約国は、国際的な援助及び協力を通じて行動をとる義務を負っていることもたいへん重要なポイントです。
(参照: http://www.ohchr.org/english/law/cescr.htm)
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それでは、国際人権法の立場から、なぜ、国際金融機関は社会権規約を念頭において行動すべきなのか? 私なりの法的な正当性について、1.国連憲章と世界人権宣言、2.社会権規約第2条のそれぞれを基礎にした議論をしたいと思います。(私が以前に書いたTerm Paperからの引用に若干の変更を加えたものなので英語になってしまいますが、どうか御容赦ください。)

1. "UN Charter Argument"

Today, almost all states are party to the UN Charter. Human rights provisions of the Charter as well as the Universal Declaration of Human Rights (UDHR) are binding on them, including members of International Financial Institutions.

Someone might disagree with this argument, claiming that the UN Charter does not assume any binding normative obligation to respect human rights of individuals. The UDHR is a mere declaration, not a treaty, thus not legally binding. Moreover, UN human rights covenants, such as the International Covenant on Civil and Political Rights, the Convention on the Elimination of all forms of Discrimination against Women, and the International Covenant on Economic, Social and Cultural Rights (ICESCR), do not create legal obligations unless agreed otherwise.

However, these arguments are misconceived. By entering into an international pact with other states, a Party may be presumed to have agreed that the matters covered are no longer exclusively within its concerns.
According to the UN Charter, membership in the body requires that member cooperate with the UN organization to promote, as Article 55 and 56 of the UN Charter provide, “universal respect for, and observance of, human rights and fundamental freedoms for all without distinction as to race, sex, language, or religion.” While those provisions are not specific and very general, they are realized and particularized in the UDHR, so that all UN member states are legally obligated to comply with the provisions in the UDHR. The UDHR covers not all, but several rights in the ICESCR. Hence, all member states should observe the obligations as outlined in the ICESCR.
In addition, the Committee expressed its wishes “to emphasize that in accordance with Article 55 and 56 of the UN Charter, with well-established principles of international law, and with the provisions of the Covenant itself, international cooperation for development and thus for the realization of economic, social and cultural rights is an obligation of all states.”

Thus, under this argument, all Members of International Financial Institutions or International Financial Institutions themselves should take into consideration of these rights.


2. "Arguments based on ICESCR Article 2"

The ICESCR is not binding on International Financial Institutions themselves. However, at least, States Parties to the ICESCR must respect the rights in the Covenant when they make decisions in International Financial Institutions.

As Article 2(1) of the ICESCR provides, each State Party is to take steps individually and through international assistance and co-operation, to the maximum of its available resources, to realize the rights recognized in the Covenant by all appropriate means. The Committee notes that the phrase “to the maximum of its available resources” was intended by the drafters of the Covenant to refer to both the resources existing within a state and those available from the international community through international cooperation and assistance. Moreover, the Committee maintains that any "deliberately retrogressive measures" would require the most careful consideration and would need to be fully justified by reference to the totality of the rights provided for in the Covenant and in the context of the full use of the maximum available resources. Economic growth policies without paying attention to the rights of every single person under the Covenant in this regard are incompatible with this General Comment or the intention of the drafters.

Article 26 of the Vienna Convention on the Law of Treaties provides that once a state becomes a Party to a treaty, it is bound by the treaty and must perform obligations under it in good faith. In this regard, the International Law Commission (ILC) said in its commentary of 1966 that there is much authority in the jurisprudence of international tribunals for the proposition that in the present context, the principle of good faith is a legal principle which forms an integral part of the rule 'pacta sunt servanda' (promises should be observed). The Permanent Court of International Justice insisted that obligations [under a treaty] not be evaded by a merely literal application of the clauses.
This argument made by the ILC could mean that States Parties to the ICESCR must respect the rights in the Covenant when they make decisions in International Financial Institutions, so that their decision makes sense to the realization of the rights recognized in the ICESCR. Since voting for a certain decision is weighted in accordance with the size of each country’s economy and its contribution to the capital of funds, this interpretation has meaningful influence on countries with strong finance which are States Parties to the ICESCR, at the same time, to International Financial Institutions, such as Japan, Germany, France and the UK.....
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今回は、主に国連社会権規約の立場からの議論でしたが、それぞれの国際金融機関の設立条約をはじめとする、国際金融機関の文書も充分に分析する必要があると思います。

いかがでしたでしょうか? もし、皆様に新しい視点を提供することができたなら、たいへんに幸いです。
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以下、参考文献です。

Bennett, A. LeRoy and James K. Oliver. “International Organizations:
Principles and Issues, 7th edition”. Pearson Education, Inc., 2002.

Bayefsky, Anne F. “The UN Human Rights Treaty System: Universality at the Crossroads”. Transnational Publishers, 2001.

Damrosch, Lori F., Louis Henkin, Oscar Schachter and Hans Smit “International Law: Cases and Materials, 4th edition”. West Group Publishing, Co., 2001.

Malanczuk, Peter. “Akehurst’s Modern Introduction to International Law, 7th revised edition”. Routledge, 1997.

Alston, Philip. “UN Committee on Economic, Social and Cultural Rights”.
In The United Nations and Human Rights: A Critical Appraisal. Oxford:
Clarendon Press, 473-508, 1992.

Stiglitz, Joseph E. “Globalization and its Discontents”. W. W. Norton & Company, Inc., 2002.

Lucas, Michael. “The International Monetary Fund’s Conditionality and the International Covenant on Economic, Social and Cultural Rights: An Attempt to Define the Relation”. Revue Belge de Droit International, 104-135, 1992.

Buergenthal, Thomas, Dinah Shelton and David Stewart. “International Human Rights, 3rd edition”. West Group, 2002.

Steiner and Philip Alston. “Globalization, Development and Human Rights”.
In International Human Rights in Context: Law, Politics, Morals, 2nd edition, 2000.

Henkin, Louis. “Age of Rights”., 1990.

2005/06/02

開発に関する議論の行われ方/先進国と途上国との関係

NYフォーラム、DCフォーラムの皆さんへ

ニューヨークにおります中村秀規です。

久木田さん、スティグリッツ講演のご報告をありがとうございます。

「成長に焦点を絞るべきかそれとも貧困か?」に関しては、さらに制度変更の順序とスピードを考慮して変更を行うこと、「援助に焦点を絞る危険性は?」に関しては、貿易のみならず効果をもたらす援助について更なる検討・実証・実行を行うことが必要という議論だと理解しています。

ただ、介入するかしないか、するならどんな介入を行うか、といった議論はいずれも貧困解消という目標について合意しているひとたちにおいて成り立つ議論であって、こうした議論の前に、貧困をどう理解し、貧困解消という目標についてどの程度当事者性をもってコミットしているかについて、まず世界の中には相当のばらつきがあるように感じています。目標についての議論と、その目的を達成するための手段についての議論は、できるだけ分けて議論したほうが良いと思いますが、現実には目標、もっと言ってしまえば一個人としてのコミットメントや価値観の議論は徹底してなされずに、手段の議論にそれが投影されているだけのように感じることがあります。それがひいては(自分のことではなく)未来/世界/自分の周囲の予測の巧拙・適否・確からしさや、議論の整合性についての議論「のみ」という事態を生むように感じます。それらが無意味なわけではないですし、あるいは共有可能性・検証可能性を高め、コミュニケーションを促進する客観性を有するという点では有意義なことであると思いますが、個人としての「目標」、「価値観」が存在しない「観察者」の議論は、(社会現象に関する限り)有意味とは思えません。むしろ、ぎりぎりまで「目標」や「価値観」についての分析を深め、どこまでが論理や言語によって議論可能なのか、どこから先は、(自分にとって)「大事/大事でない」、「好き/嫌い」、「したい/したくない」という次元のことなのか、ということを明らかにしておくことで、「目標」や「価値観」の上の、政策・介入といったレベルでの議論も意味を持つように思います。

加えて、DCフォーラムで行われてきている「ほっとけない 世界のまずしさ」キャンペーンに関する議論に関連して、2点申し上げます。

1.「開発」援助は倍増しなくても、「人間の安全保障」援助はさらに増額・増強していってよいのではないか。武力紛争の解決によってしか実現しない安全保障とは別に、紛争が存在していなくても生存が脅かされている安全保障問題について着目されてきていると思います。後者は、開発とのつながりで言えば、農業、電力(エネルギー)、保健・教育、輸送・通信、そして安全な水へのアクセスといった分野の機能不全状態によっても発生していることで、伝統的な開発の分野と何も変わりませんが、持続可能農業、保健、水のような分野は安全保障に直結しており、かつどのように介入すればどれだけコストがかかりどうしたインパクトが見込めるか、「介入の失敗」が起きないかについての知見も蓄積しつつある状況で、これらへの投資は意味があることではないかと考えます。紛争や腐敗などより介入を困難にする条件、とりわけ紛争そのものは別途の議論になるとは思いますが、切り分けられるものを一緒にしないことは重要と考えます。

日本のODAということにひきつければ、これは海外向け援助の中での割り当ての変更を意味しますし、全体額について言えば、日本の公共投資全体の割り当ての変更を意味します。

2.援助に類することが行われる際に、する側・される側それぞれに求められるのは応分の緊張・負担・責任ではないかと思います。税を課すときに、公平に、かつ負担の能力に応じて行う、といった議論の際の公平性の感覚に近いと思います。平たく言って、金銭的にではないにしても、全体的な負担感/緊張感において自分のそれと相手のそれとをバランスさせようという感覚だと思います。純粋に自発的でない、だからこそ「負担」と感覚されることについて、制度的・政策的に義務化するにおいて、最低限そのバランスがなければその契約にコミットしない、と言えるかと思います。ひとには物質的・社会的に支えられている「自由度」があって、その自由度をいかにどの程度使うかに関して、市場や政府やその他の社会ネットワークを通じて繋がって「しまって」いる個人どうしは、そのコミットメントを試されているし、試しあっている(コミットメントを強制しあっている)とも言えます。私の違和感は、国内についてであれ海外についてであれ、自分以外の人についての「負担感・緊張感」のアセスメントが適切な現実像にもとづいて行われているとは思えないこと、および、先進国内における負担感・緊張感があたかも誰かから強制されているもので自分がその制度の再生産の一端を担っているという認識が皆無に近いこと、にあります。

分配(援助)の議論をする前に議論すべきこととして語られるのが(市場・交換をもっと活用せよということでなく)責任を負っている人間(たち)が責任を果たせばよい、という議論だと思います。議題は、「植民地支配」です。分配以前の、罪に対する刑/補償行為という考えです。主権国家やその他の集合的アイデンティティが担い得る/担うべき責任についても、もっと分解して見ていく必要があると思います。これは公平性・ジャスティスに関わる議論でもあって、これも一緒でないと、分配の議論を始めようとしない立場もあり得ると思います。例えば、サブサハラアフリカとヨーロッパと日本について。また日本とアジアについて。

最後に、この「罪と罰」系列の責任の議論をした後に、それでも結局「目標」や「価値観」の議論に戻るように思われます。第三者による介入や分配を支えるものは最後にはジャスティスの感覚すら越えて、たんに自分はどうしたいか、どうであって欲しいか、という欲望や目的であって、それ以外ではないと感じます。

中村秀規

世銀はどこへいくのか?

NY国連フォーラム、DC開発フォーラムの皆さん、ユニセフの久木田です。


昨日、日本政府国連代表部他主催で、Towards an Inclusive Approach to the Millennium Development Goalsと題するシンポジウムがNYのミレニアム・ホテルで開催されました。基調講演をJoseph Stiglitzが行いましたので、その一部をわたしのコメントも加えて報告いたします。さして新しい論を展開したわけではありませんが、時宜を得た話で、「成長か貧困か」という点から皆さんと議論できればと思い、エコノミストでもない私が報告をいたします。

Stiglitzはご存知のように、2001年にノーベル経済学賞を受賞し、世銀のチーフ・エコノミストをした後、現在はコロンビア大学の教授をしています。彼が「本日はお日柄もよろしいようで」と切り出したので、何かと思えば、6月1日は世銀の総裁がWolfensohnからWolfowitzに変わる日で、しかも最近の内部評価で、世銀が「保健や教育に金を使いすぎた、経済インフラにもっと投資すべき」だという議論が出たので、成長か貧困かの話をするにはちょうどよいという訳です。

この話、Wolfowitzが新総裁に指名されたときからうわさされていた、世銀の振り子が経済中心に戻っていくということの延長で、私も気にしていたことです。実は3月にユニセフの新事務局長のAnn Venemanが世銀を去るWolfensohnに会うときに用意したブリーフィングに書いた最初の点が、彼は人間開発のポートフォリオを5年間で三倍にし、ミレニアム開発目標を中心にすえ、世銀をHumaneにしたということでした。それゆえに、国連と世銀の間がずっと近くなり、近年両者の協力関係は飛躍的に増大していると書いたのでした。しかし、Wolfowitzの世銀がどう変わるのか、特に人間開発の分野がどうなるのかは大変気になるところです。


成長に焦点を絞るべきかそれとも貧困か?

さて、Stiglitzはもちろん、成長が必ずしも貧困をなくさないと言う論を展開しました。トリックル・ダウンはうまくいかないこと、成長へのフォーカスは貧富の格差を広げ、貧しい人々を苦しめることが多いこと、それゆえ不安定な世界をつくり、さらに貧困を推し進めてしまう。貧しい人々に優しい成長政策をとるべきだ。大きな社会的、経済的なリターンのある教育や保健の支援をすべきだ。失業者を増やさないようにし、社会の不安定化を避けるべきだ。「極端な」緊縮政策・貿易の自由化・市場開放を避けるべきだ。これまですでに、「ワシントン・コンセンサス後のコンセンサス」 Post Washington Consensus Consensusができている。Conditionalityを減らし、Selectivityを増やすべきだ。分配に配慮し、Comprehensive Approachをとるべきだ。市場は大切だが極端に依存すべきでない。政府の役割、コミュニティー、人間開発の重要性を考慮すべきだ。



援助に焦点を絞る危険性は?

この点について彼は、援助は増やすべきだという議論をしました。援助は万能薬ではないが、援助がなければMDGsは達成できない。正しいフォーカスをすると同時に援助の量をもっと増やすべきだ。貿易上の特権を貧しい国に与えるべきだ。知的所有権の問題を見直すべきだ。武器の取引をやめるべきだ。最後に、先進国は熱帯雨林の保持にお金を払うべきだ、と締めくくりました。


国連からも世銀がどうなっていくのか気になるところです。皆さんどうお考えですか?

Global Health Council から

國井@ワシントンDC です。

昨日はJICA米国事務所のBBLでお話をさせて頂きましたが、折角ですので今回私が出席しているGlobal Health Council (http://www.globalhealth.org/)についてお話します。
これは国際保健関係では世界最大級の会議で、毎年今頃5日間ほど、ワシントンDCで開催されています。今年も約60カ国から1500名近い参加者で、国連、ODA、NGO、大学・研究機関などさまざまです。
今年のテーマはHealth System 。援助の世界でエイズやマラリアなどの疾病別の縦割り介入・基金が増える中、途上国の保健システム自体を整備していかなければならないとの意識も高まっており、議論も白熱しています。
保健分野ではMDGの中間報告が世銀から出され、多くの専門家によるしっかりした分析がなされています。中でも重要なのは、もはやモデル作りではなく、既にわかっている費用効果の高い介入方法を全国レベルにスケールアップすること。そのためには、援助国からの追加資金と途上国政府による保健支出の増額が必要で、計画・執行のための人材育成・能力強化・制度構築、モニタリングのための情報管理が必須である。人、金、物、情報、これらを管理するための全体としての保健システムの構築が重要であり、それには stand alone のプロジェクトからプログラム、そしてシステム構築中心の援助に変えていく必要がある。もちろん、様々な議論がありますが、そんな潮流を感じます。もはや、ポリオのワクチンをこれだけあげました、こんな大きな病院を作りました、では国際的にはほとんど評価されない時代になってきています。

近年、「顔の見える援助」には、世界的な援助政策作り、国レベルでの開発計画・戦略作り・実施、県レベルでの実施計画・執行に積極的に参画して、知的・技術的貢献をすることが重要だと思っています。

保健医療分野でも、医師とか公衆衛生修士(MPH)取得というだけでは、この知的貢献をすることはできず、保健省アドバイザー、保健分野での援助協調といった分野での人材養成のあり方を具体的に考えないならないと感じます。具体的な養成コースをいくつかの機関と相談して試作しようと考えていますので、ご関心のある方はご連絡ください。

國井 修


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