2005/10/23

勉強会 日本における難民・移民の現状と課題:レジュメ4

日本における難民・移民の現状と課題
~国際人権条約の施行と国際社会における日本のあり方~

2005年9月30日

(オリジナルレジュメP.5 分)

【市民的および政治的権利に関する規約(自由権規約)】
第17条
1 何人も、その私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。
2 すべての者は、1の干渉又は攻撃に対する法律の保護を受ける権利を有する。
第23条
1 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する。
【児童の権利に関する条約】
第3条
1 児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的若しくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。

【2001年3月20日 国連人種差別撤廃委員会の最終見解 抜粋】
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/saishu.html
7.委員会は、・・・委員会の報告ガイドラインにおいて要請されているように、人口の民族的構成比についての完全な詳細、特に、韓国・朝鮮人マイノリティ、部落民及び沖縄のコミュニティを含む本条約の適用範囲によってカバーされているすべてのマイノリティの状況を反映した経済的及び社会的指標に関する情報を次回報告の中で提供するよう、締約国に勧告する。沖縄の住民は、特定の民族的集団として認識されることを求めており、また、現在の島の状況が沖縄の住民に対する差別的行為につながっていると主張している。

9. 委員会は、憲法第98条が、締約国によって批准された条約が国内法の一部であると定めているにもかかわらず、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の規定が、国の裁判所においてほとんど言及されていないことにつき、懸念をもって留意する。(以下略)
10.委員会は、本条約に関連する締約国の法律の規定が、憲法第14条のみであることを懸念する。・・・委員会は、特に本条約第4条及び第5条に適合するような、人種差別を非合法化する特定の法律を制定することが必要であると信じる。
12.人種差別の禁止全般について、委員会は、人種差別それのみでは刑法上明示的かつ十分に処罰されないことを更に懸念する。委員会は、締約国に対し、 人種差別の処罰化と、権限のある国の裁判所及び他の国家機関による、人種差別的行為からの効果的な保護と救済へのアクセスを確保すべく、本条約の規定を国内法秩序において完全に実施することを考慮するよう勧告する。

勉強会 日本における難民・移民の現状と課題:レジュメ3

日本における難民・移民の現状と課題
~国際人権条約の施行と国際社会における日本のあり方~

2005年9月30日

(オリジナルレジュメP.4分)

難民条約33条1項
(追放及び送還の禁止)
締約国は、難民を、いかなる方法によっても、人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見のためにその生命又は自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放し又は送還してはならない。

【拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条】
拷問等禁止条約3条前段
締約国は、いずれの者をも、その者に対する拷問が行われるおそれがあると信ずるに足りる実質的な根拠がある他の国へ追放し、送還し又は引き渡してはならない。

※本条約22条の個人通報制度については日本政府はこれを受諾しない旨を明らかにしている。

【入管難民法】
入管難民法第39条1項
(収容)
「入国警備官は、容疑者が第24条各号の一に該当すると疑うに足りる相当の理由があるときは、収容令書により、その者を収容することができる。」
(24条は、超過滞在や不法入国等、退去強制事由を列挙している)

入管難民法第54条(仮放免)
1項 収容令書若しくは退去強制令書の発付を受けて収容されている者又は・・・は、法務省令で定める手続により、入国者収容所長又は主任審査官に対し、その者の仮放免を請求することができる。
2項 入国者収容所長又は主任審査官は、前項の請求により又は職権で、法務省令で定めるところにより、収容令書又は退去強制令書の発付を受けて収容されている者の情状及び仮放免の請求の理由となる証拠並びにその者の性格、資産等を考慮して、三百万円を超えない範囲内で法務省令で定める額の保証金を納付させ、かつ、住居及び行動範囲の制限、呼出しに対する出頭の義務その他必要と認める条件を付して、その者を仮放免することができる。

入管難民法第50条(法務大臣の裁決の特例)
 法務大臣は、前条第3項の裁決に当たつて、異議の申出が理由がないと認める場合でも、当該容疑者が次の各号のいずれかに該当するときは、その者の在留を特別に許可することができる。
1.永住許可を受けているとき。
2.かつて日本国民として本邦に本籍を有したことがあるとき。
3.人身取引等により他人の支配下に置かれて本邦に在留するものであるとき。
4.その他法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき。     

勉強会 日本における難民・移民の現状と課題:レジュメ2

日本における難民・移民の現状と課題
~国際人権条約の施行と国際社会における日本のあり方~

(オリジナルレジュメのP.3 分)

☆ 資料
【国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)ウェブサイトより】
http://www.unhcr.or.jp/protect/hogo_japan.html

領域内庇護による責任分担の少なさ
日本はUNHCRの活動に対する世界第二の拠出国であるものの、その領域内で庇護している難民の数をGDP、人口、領土面積で比較すると、世界でも低レベルに位置する。
世界150カ国のうち日本の難民数は 対GDP比で136位 対人口比で125位 1000Km2あたりで90位

難民条約をG7諸国の難民認定数で比較するとー

G7諸国における1951年難民条約の適用
2001年の難民認定数

【難民条約】
難民条約1条A(2)
(難民の定義)
「・ 人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に・迫害を受けるおそれがあるという・十分に理由のある恐怖を有するために、・国籍国の外にいる者」

難民条約31条2項
(避難国に不法にいる難民に対する移動の制限の禁止)
「締約国は、1の規定に該当する難民の移動に対し、必要な制限以外の制限を課してはならず、また、この制限は、当該難民の当該締約国における滞在が合法的なものとなるまでの間又は当該難民が他の国への入国許可を得るまでの間に限って課することができる。締約国は、1の規定に該当する難民に対し、他の国への入国許可を得るために妥当と認められる期間の猶予及びこのために必要なすべての便宜を与える。」

勉強会 日本における難民・移民の現状と課題:レジュメ1

日本における難民・移民の現状と課題
~国際人権条約の施行と国際社会における日本のあり方~

2005年9月30日

日本における外国人(移民)・民族的少数者・難民の統計

1 外国人:約200万人(1.6%)10年前と比較すると45%増
2 民族的少数者:公式統計はなし(資料 国連人種差別撤廃委員会の最終見解参照)・・・但し先住民族、コリア系日本人(約50万人)、国際結婚は年間5%
3 難民:2004年の受入数は15人

日本における難民保護の現状:難民条約、拷問等禁止条約の施行状況  
             

1 アフリカで難民との出会い→ケニアの難民、日本の難民
2 そしておきた9.11同時多発テロとアフガン難民
3 人権条約(難民条約)の規定
難民の地位に関する1951年条約+難民の地位に関する1967年議定書
    ――――経済難民と「難民」の異同とは? 亡命者と「難民」の異同とは?
    ――――ノン・ルフールマン原則
4 拷問等禁止条約(1987年発効、日本1999年加入)の規定
5 日本における庇護希望者(難民申請者)の現状
(1) 強制収容される外国人の数、「不法滞在外国人」になってしまう現状、強制収容
(2) 強制送還(今年1月のクルド難民2名送還事件)
6 他のG7諸国、その他各国との比較
             
日本における移民の人権状況

1 日本の移民政策の現状
(1) 一般アムネスティか、在留特別許可か
(2) 政策と実態の狭間で =あるイラン人家族の戦い(在留特別許可一斉行動)=
   ――――全件収容主義
――――マクリーン判決
(3) 自由権規約、子どもの権利条約との関係
2 外国人差別の現状
(1) 外国人犯罪キャンペーン =スケープゴートにされる外国人=   
(2) 公人による差別発言
(3) 民間における排外主義の浸透(入店拒否、入居差別、在日コリアンに対する嫌がらせなど)
(4)人種差別撤廃条約との関係

国際社会における日本のあり方とは

1 21世紀の日本社会のあり方という観点から
     ―――人種主義の高まりと多文化共生社会
     ―――人口減少と高齢社会化

2 国際社会における日本の責任という観点から

2005/10/17

平和構築:国連での議論

山内さん、久木田さん、清水さん、根本さん、佐藤さんほかフォーラムのみなさま。田瀬@国連事務局人間の安全保障ユニットです。

以下、少し長くなったらごめんなさい。

山内さんの9月27日の投稿「平和構築:国連での議論」はたいへん意味のあるものと思います。特に私にとっての関心は、「平和構築委員会(以下PBCと略します)」が国連の諸活動を統合することを企図して提案されたものであること、そしてそのことが、「人間の安全保障」とも非常に密接な関係にあるということです。人間の安全保障についても「成果文書」の中で、今後加盟国が総会で議論することが合意されています。

PBC及び人間の安全保障に関する私の関心をもう少し具体的に挙げますと、以下の4点があります。
(1)安全保障と開発、そして人権というキーワード(この3つは3月の事務総長報告「In Larger Freedom」のキーワードでもあります)を結びつける理論を提案できるかどうか。
(2)上記の理論を実践するため、現場で機能する実際的なアプローチと国連の組織改革を提案できるかどうか。
(3)さらにこれらを担保する財政的な構造を実現できるかどうか。特に、複合型PKOとDDRの関係、その場合にどこまで加盟国が分担金として平和構築を担うべきなのか。
(4)人間の安全保障と平和構築を国連の中でいかに結びつけていくか。

(1)まず、安全保障と開発、人権を結びつける有効な理論、あるいは国際社会が一致して認めるような論理は未だ不在であるというのが私の認識です。例えば「紛争が貧困を生み出す」ということを証明するのはそれほど難しくはありませんが、「貧困が紛争の根本原因になる」ということを証明しようとすると、ケーズバイケースでさえ一筋縄では行かないということがあります。さらにこれを例えば具体的な紛争後の平和維持活動、人道支援活動、早期開発支援
に当てはめると、「紛争の再発を防止するにはいかなる要素を満たさなくてはならないか」、「人道支援と開発支援の間の『ギャップ』を埋めるのに必要な条件は何か」、「早期開発支援にはいかなる前提条件が必要か」といった問題を同時に解かなくてはならないわけで、それも一つひとつの国で民族・宗教や文化人類学上の状況も異なるわけですから、問題はかなりややこしいのです。
こうした問題についてPBCがいかなる理論的枠組を提示するのかについて、いまから非常に関心を持っています。

(2)こうした理論はともかくとして、現場における実際の対応として「人間の安全保障委員会」がこの点について提案したのは、『リーダーシップの統一」そして「財源の一本化」により、治安・法の支配・人道支援・復興支援・和解といったセクターを国際社会が全部ひとつの塊として見ることでした。実際、山内さんが紹介して下さったように、少なくとも国連のリーダーシップという意味では、事務総長特別代表(SRSG)の権限強化、事務総長特別副代表(DS
RSG)が開発と人道調整の両方を統括するなど、この方向での進化が進んでいます。また、イラク復興支援に見られるように、国連と世銀をはじめとするブレトンウッズ機関とのリーダーシップの統合でさえもその試みがあります(イラクの場合はまだ「調整」の域を出ていないかもしれませんが、これまでの経験からは革新的だと思います)。

一方、これを国連全体の組織改革という点から見ると相当に頭の痛い問題です。
あいかわらず安保理は安保理、経社理は経社理でありシステミックな連携メカニズムがあるとはいい難いし、最も近いと思われる総会第二委員会(経済開発問題)と第三委員会(人道人権など社会問題)との連携さえ、努力はなされているもののまだまだ実現できていません。さらにこれを国連事務局の改革問題に当てはめると、政務局(DPA)、PKO局(DPKO)及び経済社会局(DESA)の役割問題に直面します。90年代後半、DPAとDPKOについては多くの人々が統合すべきと考えていましたが、コフィ・アナン事務総長が事務局のたたき上げであり内部事情を知りすぎていたために、就任時に大鉈を振るうことができなかったという批判があります。また、DESAについては先進国の中にその役割について強い批判がある一方、途上国はその組織維持を強く主張してきています。

こうした議論がPBCの設立によって動くのか動かないのか、とても興味があります。PBCの支援オフィスの置き場所についてDPA、DPKOがそれぞれ自らの内部に設置することを主張したものの、結局は事務総長の直轄にする方向で検討されていると承知しますが、これについては「屋上屋(おくじょうおく、additional layerのこと)」だという批判がある一方で、大胆な提案をするためには必要な条件なのかなとも感じます。この辺り、今後年末まで加盟国間の議論や事務局内部での調整から目が離せないところですので、今後、情報収集を続け、可能かつ適切な範囲でこのフォーラムにはインプットをしていきたいと思っています。

(3)もう一つ、そして私の最大の関心の一つは、こうした国連の活動と改革を支える「カネ」の話です。誤解をおそれずに言えば、活動財源を統一すれば国連の活動の統一は簡単です。私は人間の安全保障基金という信託基金の運営に携わっていることからよく感じるのですが、ある組織の振る舞いを決定する最も大きな要素の一つは、紛れもなく予算です。国連の予算は2年予算ですが、このことを裏返しに解釈すれば、「2年後以降の国連の姿については現時点で何ら定義されていない」ということになります。金の使い方を条件づけることによって、ある組織の振る舞いは大きく変わっていきます。

この点、私は平和構築との関係でもっとも重要なのは、実はPKO分担金のあり方ではないかと思っています。最近のPKOは「複合型PKO」といって、従来のPKOの活動にDDR(Disarmament, Demobilization and Reintegration:武装解除・動員解除・社会復帰)的な要素を組み合わせ、よりシームレスな支援を行なう方向に傾いています。ただ、その結果一つのPKOにかかる経費は非常に大きくなるという傾向があります。国連としては、なるべく多くの活動を複合型PKOの中に盛り込み、これらの経費を分担金として確保したい思うでしょう(分担金は加盟国に支払い義務が生じる)。これを統一アピール(いわゆるCAP)で集めようとすると半分も集まらない可能性があるからです。ちなみに最近ではDDRRRなんて言葉もあり(上記に加えてrehabilitation and Recovery)、財源の確保は大きな課題です。

逆に加盟国の側は、多くの要素をPKO分担金に含ませることには疑義があると思います。なぜなら、PKO分担金は通常予算と異なり安全保障理事会の決定で決まるから、すなわち安保理の理事国でなければ意思決定に関われないからです。日本のPKO分担率は通常予算分担率と同じ約19.5%ですが、日本は毎年1000億円以上のPKO分担金を支払っているというのをご存じですか? これは実は通常予算分担金の倍以上です。この1000億円の使い方について、日本は安保理に入っていなければなんら口出しができないわけです(いまはメンバー)。この辺りについて、国連が考える理想と実際の財政問題をどう調整していくのか、これが最も大きな課題の一つなのではないでしょうか。

(4)最後に、PBCで企図されていることは、そのまま人間の安全保障が目指すことの一部でもあるという点を強調したいと思います。われわれが国連で進めている人間の安全保障のコアは、「人間の視点から脅威を見る」→「さまざまな脅威の相互連関についてシステミックに対応できるようなアプローチを考える」→「その観点から国際社会のあり方自体を考える」という、やはり「統合」を最終的な目標の一つとするところにあります。PBCと少し違うところは、
人間の安全保障は必ずしも紛争だけがその焦点ではなく、例えば平時の人身売買(human trafficking)や自然災害への対応、さらにはMDGsやその実現における開発以外の要因など、人々の視点から見た脅威とその相互連関に関わることなら、より幅広くその範疇に入ってくることです。

この点、人間の安全保障ユニット(人道支援調整部の中にあります)としては、PBCの動きを注視し、その活動と有意な連携を図っていきたいと考えています。そのことが、また今後総会で議論される人間の安全保障の定義問題にも大きく影響してくると感じています。

長くなってしまいましたので、本日はここまでといたします。間違っているところなどありましたら、それぞれの視点からご指摘いただければ幸いです。

★NY国連フォーラムでは、広く安全保障と平和構築について、今後累次勉強会、インタビューなどを企画して、議論を盛り上げていきたいと思っています。ご興味のある方々におかれては、ぜひ積極的なご参加をお願いいたします。

国連でインターン:UNDP東ティモールから

コロンビア大学大学院(SIPA)の清水です。今回は、「国連でインターン」シリーズ第1弾として、私が今年7月4日~8月12日に行ったUNDP東ティモール事務所でのインターンシップをご紹介したいと思います。

1.インターンシップへの応募から獲得まで

私は現在、コロンビア大学SIPAの国際関係修士課程で、経済・政治発展(Economic & Political Development)を専攻しています。紛争後の平和構築・復興支援に関心があり、またインターンを行うことが大学院の卒業要件でもあるため、この夏この問題に関われる機関、特に現場でインターンを行えないかと考えました。

私の在籍するSIPAはキャリアサービスが充実しており(異議のある同級生もいるかもしれませんが…)、就職説明会等が頻繁に開催されています。私は開発援助に携わる国際機関、NGO、シンクタンク等の説明会に出席したり、インタビューを行ったり、先輩や教授等にアドバイスをいただきながら、UNDP東ティモール事務所を始めいくつかの国際機関に応募しました。

日本における職員の採用方法と、国際機関や欧米型の企業の採用方法の最大の違いは、後者においてはウェブサイトなどを通じた公式の採用チャンネルのみで正規職員なりインターンとして職を得ることは稀であり、内部の職員や外部の有識者からの推薦などの、いわゆる「コネ」で採用されることが多いということだと思います。ただし、ここでいう「コネ」は、日本的な意味での「コネ」より広いと考えてよく、自ら「コネ」を形成すること(いわゆる「ネットワーキング」)で職を得るのが一般的なようです。

UNDP東ティモール事務所については、大学院の同級生で、東ティモールでUNボランティアをしていた日本人学生がいたため、彼女に紹介をお願いしました。大学院のキャリアサービス等のアドバイスを受けながら、3月に履歴書と応募フォームを現地事務所に提出。5月まで返事がなく、諦めかけていたところへ、たまたま応募フォームを送付した同事務所職員が研修でニューヨークに来た際にお会いすることができ、その場でオファーをいただきました。なお、他の国際機関はわかりませんが、UNDPの場合は、現地事務所が本部から非常に独立しており、応募も直接現地事務所にします。

アドバイスとしては、積極的にネットワーキングをすること、履歴書やカバーレターを早めに準備し、いろいろな人に見てもらって改善していくこと、早めに出願すること、及び決定まで時間がかかることが多いので諦めないこと、といったところでしょうか。

2.インターンの内容

UNDPでは、貧困削減ユニットにおいて、主に以下の5つの業務に携わりました。その他、各種報告書案(『東ティモール人間開発報告書』など)にコメントをしたり、アド・ホックな説明会に参加したりもしました。

(1)新しい元兵士支援プログラムの作成

今年5月に終了した「元兵士及びコミュニティ復旧・雇用・安定プログラム」(RESPECT)に続く新たな元兵士支援プログラムの作成に携わりました。コンセプト・ペーパーを作成し、これを東ティモール政府(カウンターパートは労働・コミュニティ復帰省)に提示し、さらに支援国に提示するという段取りです。具体的には、資料として①過去の東ティモールにおける元兵士支援プロジェクトの一覧表の作成、及び②労働・連帯庁下の退役軍人局の組織図を作成した上で、他の担当官が作成した原案を統合し、議論していきました。

元兵士支援に際し特に問題となるのは、元兵士の定義です。元兵士をどう定義するかが直接裨益者の範囲に関わってきます。東ティモールの場合、24年間にわたり独立闘争を戦ってきましたが、いつ、何年戦ってきた人たちを元兵士と定義するのか、兵士ではないが自宅に兵士を匿うなどの支援を行った文民をどうするのか、元兵士の未亡人や孤児をどう扱うのか、といった問題は非常にセンシティブであり、かつ政治的です。

元兵士は国の独立のために闘ってきたにもかかわらず、長年のジャングルでのゲリラ活動のため、基本的な教育・職業能力に欠けている者も多く、独立後社会からマージナライズされている元兵士が多い。元兵士の多くは高齢化しており、彼らに今更職業訓練を施すのはあまり意味がない。身体・精神障害者も少なくなく、たとえば身体に弾丸が残ったままの元兵士がいますが、彼らを手当する病院が不足している。多くの未亡人や孤児は極度の貧困状態にある。上手に進めていかないと、嫉妬を引き起こす危険性もあります。高齢の元兵士はどんどん老い、死んでいっています。感情的な問題もあります。

(2)RESPECTの教訓(Lessons Learned)作成

RESPECTについて、各種報告書や関係者とのインタビューに基づいて、教訓(Lessons
Learned)をまとめました。RESPECTは、ほぼ全て日本政府の出資によるプログラムであり、雇用・持続的生計の機会の提供により、元兵士、未亡人、失業若年層などの社会的弱者を社会経済的に統合することを目的としたプログラムです。国レベルで21、地方レベルで258のプロジェクトを実施済、あるいは実施中です。

自らのプロジェクトへの関与や関係者とのインタビューを通じて、いろいろと問題のあるプログラムであるとは感じましたが、しかし、独立直後の時期に、これだけの数のプロジェクトを、コミュニティレベルで、コミュニティを巻き込んで行った功績は大きいと考えました。実験的な要素もあったことは否めませんが、RESPECTの経験を基に、コミュニティを巻き込んだ形での開発援助を行っていくことが、持続可能な開発に不可欠ではないかと思います。

(3)オクシにおけるSTAGEのモニタリング

 「有益な雇用のための技術訓練」プログラム(STAGE)のモニタリングのため、オクシ(インドネシア領西ティモールに囲まれた飛び地)に出張しました。STAGEはECに支援されているプログラムであり、東ティモール内の4つの地域(ディリ、バウカウ、ボボナロ、オクシ)において、雇用者、被雇用者、及び訓練者をデータベース化して連携を構築し、労働・連帯庁及びその地区雇用センターが技術訓練を行えるよう能力強化を行い、雇用の創出を図るものです。出張の主要な目的は、オクシで市場調査を行い、訓練を施すコミュニティ・プロモーターの訓練のモニタリングでした。また、現地で活動しているNGOとの会合を設け、STAGEの主旨を説明すると共に、今後の協調関係を築きました。さらに、オクシでのUNDPのもう1つのプロジェクトである「オクシ地域活性化プログラム」(OCAP)との間で、特にマイクロファイナンスの面での協調を図るべく現地スタッフと会合を持ちました。

(4)ロスパロスにおける水供給プロジェクトのモニタリング

水供給プロジェクトのモニタリングのため、ロスパロス(東ティモール東部、ラウテム県)に出張しました。水圧が弱くなっているということで、配管工事が行われている様子を視察しました。しかしせっかく配管工事を行っても、発電機を稼動させるための燃料が不足していました。

(5)エルメラにおけるRESPECTワークショップ及び落成式

エルメラ(東ティモール西部、エルメラ県)において、RESPECTのワークショップ及びプロジェクト落成式を開催しました。事前には日本大使館への説明用にプロジェクト・ブリーフを作成しました。ワークショップ当日は、エルメラにおける各RESPECTプロジェクトのプロジェクト・マネージャーを集め、当方から全体的なプレゼンテーションを行った後、ディスカッションを行いました。翌日の落成式では、教会、養魚場等のプロジェクトの落成式を、日本大使館の参加も得て行いました。

3.生活

東ティモールというと「紛争後」というイメージでしたが、実際は治安面ではほとんど問題はありません。国連も一番低い「フェイズ1」に指定しています。女性の夜間の一人歩きやタクシーの利用は勧められていませんし、国境付近でインドネシア側と諍いが起こることはありましたが、それ以外に治安が問題となることはありませんでした。

東ティモール滞在中は、SIPAの関係者を通じて、東ティモール人から家を借りました。途上国に住むのは初めての私としては、停電が頻発したり、蛇口やシャワーから出る水の水圧が弱かったり濁っていたり、シャワーも温水は出ず、いろいろと生活の苦労はありましたが、それによって現地で生活上どのような需要があるかを体験できたし、大家の一家との交流もできたので、非常に良かったと思います。

4.その他

職場では、本当に人に恵まれました。インターンは仕事半分、勉強半分というところがあるので、上司は教育的配慮からいろいろな会合に参加させてくれたり、フィールドに行きたい!という私の要望を容れて、できるだけフィールドに行かせてくれたりしました。

以上、雰囲気だけでも伝わりましたでしょうか?国連機関、特に現地事務所でのインターンを考えている方の参考に少しでもなれば幸いです。
なお、UNDP東ティモール事務所については、以下のアドレスをご参照ください。
http://www.undp.east-timor.org/

2005/10/07

ODA,MDGs、国の発展など

水野谷様、紀谷様、NY国連フォーラムの方々

 ODA,MDGs、サックス教授の講義、国の発展などについての議論を興味深く拝読しております。私は、国連首脳会議の成果文書のうち、MDGsなど開発に関する部分の交渉に携わってきましたが、このフォーラムでの議論は国連での交渉よりおもしろいだけでなく、本質を突いていると思います。
 水野谷さんの9月28日付メールにある、国の発展のためには産業の発展と再分配の国家機能が必要というのはまさにその通りだと思います。一つ追加するとその国の平和と安定も重要と思いますが。特に再分配(特に税金)に関わる制度が機能することは本当に重要だと思います。ご存じの通り、途上国以外の国も含めてまともに機能する再分配制度を有している国は少ないでしょう。これが機能すれば、ODAはずっと少なくて済むと思います。税制度が機能するためには、民主主義のもとでは、納める側(国民)と使う側(政府)との間に信頼関係があ
るのが基本だと思いますが、ではこの信頼関係をどう築くのかということになると大変難しい問題に直面します。水野谷さんが指摘した点も含めて、国によって異なるでしょうが、政府のガバナンスといった問題を超えた歴史的、宗教的、文化的な問題も出てきて非常に長い時間がかかると思います。外国の支援で可能になるとも思えません。日本は米国にそれこそ税制改革や農地解放もふくめて民主化されましたが、この経験はむしろ例外的と考えるべきでしょう。なお、短期的にそれを実現する方法は、民主主義的な制度によらず力で強制することです。発
展の初期段階では開発独裁の方が効率的などといわれていますが、これはこれでいろいろな問題があるでしょう。私も個人的には、民主主義のような時間とコストがかかる制度よりも、万能の天子が政治を行った方がいいと思っています。その天子が永遠に続く良心と生命を持っていればのことですが。
 そこで、貧困国の人々を助けようとすると、ODAをはじめとする外国の支援が必要ということになると思います。この関連でアナン事務総長やマロック・ブラウン官房長、さらにはサックス教授が推進したMDGsは国際社会が共通の開発目標を持ったという意味で大きな意味がありますが、MDGsのキャンペーンの過程でMDGsの実現のためにはODAなど公的資金の大幅な増加が必要と短絡的に結びつけてことさら強調したのは、ネガテイヴな意味で影響が大きかったと思っています。その理由は、水野谷さんの10月3日付けのメールと紀谷さんの10月4日付けメールに書いてあることに賛成ですが、一言で言えば、開発という非常に複雑な問題を単純化させ、その責任を途上国という当事者から先進国に転化させたため、開発の問題が途上国政府のみならず途上国の現場からも遊離してしまったことだと思っています。もちろん世界の多くの人の関心を引くためには問題の単純化は必要で、この間の日本の選挙を見ても単純化は効果的でしょうが。
 最後に、援助よりも貿易投資を通じる産業育成の方が重要という主張があり、日本もそれを主張してきましたが、私はこれにも疑問を持っています。途上国側はWTOの交渉を通じて途上国に有利な貿易制度を作るべきだと主張していますが、仮にそれができたとしても(これ自体非常に難しいことですが)、まず、途上国自身に資本が投下され産業がある程度振興されなければ、外国(この場合先進国ではなく、中国やインドなど)を利するだけです。そこで資本の投下については、途上国の国内資金の投資か外国の投資を助長する必要がありますが、これ
には先ほど述べた税制度と同様の問題が立ちはだかるでしょう。
 アフリカなどの貧困国の開発の問題を考えるほど憂鬱になるこのごろです。
               国連代表部 須永和男

Re: J. Sachs: National Strategy for Meeting the MDGs

吉田様、NY国連フォーラムの皆様

在バングラデシュ日本大使館の紀谷です。コロンビア大学のサックス教授の講義報告、ありがとうございます。楽しく拝読しております。

当地では、まさにMDGを目標に据えての貧困削減戦略を仕上げようとしているところで、今回のテーマ(National Strategy for Meeting the MDGs)そのものが動いているところです。

他方で、ご紹介いただいた「MDG Needs Assessments」のような発想や枠組みに基づいて、これまでの作業を全てご破算にして取り組むのかというと、それは結構非現実的というのが率直な印象です。
http://www.unmillenniumproject.org/policy/index.htm

方法論を書いたハンドブックはまだウェブに掲載されていないようですが、ポイントをまとめた上記冒頭ページの説明によれば、「MDG達成に必要な財政的・人的リソースとインフラを数量化し、透明性を確保した公共財政管理を通じてこれを達成する」とのこと。

そもそも、「MDG達成に必要な財政的・人的リソースとインフラ」とはいったい何なのでしょうか。経済成長には民間セクター開発が不可欠であり、これは、一定の財政資金と要員を投入すれば自動的に実現するといった代物では決してありません。(援助資金で全ての経済活動を永続的に支えるつもりなら別ですが・・・)

また、「透明性を確保した公共財政管理」は、どのように実現するのでしょうか。当地では、DFIDが4年かかって、ようやく財務省と4機能省をつないだ公共財政管理のパイロット枠組みが完成し、これから10省庁にスケールアップしようと苦労しているところです。相手政府の行政能力やリーダーシップ・コミットメントに多くの課題が残されている中で、援助資金を急増させ、かつ無理やり支出させるのは、オーナーシップを度外視した「新帝国主義」になって
しまいますし、持続可能性も期待できません。PRSPや援助効果向上パリ宣言であれほど強調されている「オーナーシップ」は、どうなってしまうのでしょうか。(先方政府予算をスルーすれば、全て「オーナーシップ」があることになってしまうのでしょうか・・・)

こんなナイーブな発想のものを各国に本気で適用しようと考えているの?これが途上国支援の理想像なの?というのが、現地で日々苦労している一実務者としての率直な感想です。バングラデシュでは、1億4千万人の将来がかかっており、これまで4年間かかって暫定貧困削減戦略文書(I-PRSP)を貧困削減文書(PRSP)へとようやくブラッシュアップしてきたところです。そのような試行錯誤の成果と、この「MDG Needs Assessments」なる新たな「一般論」の
ツールの双方を前にして、責任ある途上国政府やドナーの実務者は、どちらを信用するのでしょうか。

Millennium Projectは、どちらかといえば、先進国向けのアドボカシーを主たる目標として、わかりやすく論理構成をしていますが、実際に途上国に適用しようとすると、途端にその有効性に「?」がつくような印象があります。本気で適用される途上国の側は、たまったものではありません。(エサとして、リソースがふんだんについてくるなら別ですが。それでも、これが持続可能な開発につながるの?という不安は残ります・・・)

現実的な道は、若干時間がかかっても、途上国政府の指導層や市民社会と対話しながら、途上国側が納得し、確信できる政策を、自ら実行させていくことだと思います。これは、目を見張るような特効薬ではありません。しかし、良心的な提言を行うためには、このような途上国での現実を十分に踏まえる必要があると思います。

また、MDGを議論する場合には、「カンフル剤」のようなナイーブな立論を乗り越えて、真に持続可能な成長につながる方策が必要という視点を打ち出すことが、大事ではないでしょうか。単に、「Millennium Projectの立論には欠陥がある」と叫んでも、支持は得られないと思います。MDG達成に向けての具体的方法論として、「人間の安全保障」が有効、「能力開発」が有効、「南南協力」がオーナーシップ強化に有益、などと建設的な付加価値を提示していけれ
ば良いと思います。

J. Sachs: National Strategy for Meeting the MDGs

フォーラムの皆さま、こんにちは。
コロンビア大学SIPAの吉田です。サックス教授の講義を履修しております。

この講義は初回にMDGの概要、続いて世銀の貧困削減戦略プロセス、そして先回のIMFロセスと進んで参りました。サックス教授に加えて、彼が特別顧問として率いている独立諮問機関、国連ミレニアム・プロジェクトの事務局から3名の講師を迎えて開講されています。9/28の授業は、Deputy Directorのジョン・マッカーサー講師を中心に「MDGs達成を見据えた国家レベルの貧困削減戦略の策定」についてでした。

プロジェクト事務局は先月15日に採択された国連総会の「成果文書」によって、MDGsは開発問題のグローバル・フレームワークの中で中心的位置を占めることになった、 と見ています(document A/60/L.1; para. 22, 23)。この合意を受けて今後、各国、 世銀、IMF等の貧困削減戦略は全てMDGsベースに集約されるとし、これはMDGsの達成に向けて大きな前進だとしています。それぞれの戦略をMDGsベースにストリームラインしていくプロセスについては、まさに小西さんが書かれていたような、ベースラインを明らかにすることから中期・長期国家計画作りまで、ステップ・バイ・ステップの説明がありました。「具体的にMDGs達成のための道筋をつけていく」ために重要とされるニーズ・アセスメントについては、
http://www.unmillenniumproject.org/policy/index.htmに紹介されています。

ところで、ミレニアム・プロジェクトは各国の貧困削減戦略の立案を行っているわけですが、戦略のもととなる研究は10のテーマ別タスク・フォース(専門家による作業部会)が担当しています。これらタスク・フォースのコーディネーターを複数名のコロンビア大学教授が務めており、彼等は本大学のEarth Instituteが進めている「ミレニアム・ビレッジ」プロジェクトにも関わっています。ビレッジで、ボトム・アップで革新的な実施事例を示して、その成果を政策立案に活かしてゆこうという方針です。講義ではこれらの教授による特別講演も予定されていますので、ミレニアム・ビレッジの活動についてはまたご報告したいと思います。

なお、日本政府は7月にミレニアム・プロジェクトとパートナーシップを組み、「アフリカン・ミレニアム・ビレッジ・イニシアティブ」を支援しています。「人間の安全保障」の考え方に基づいたアプローチをとっているという点で、日本カラーが出ているのでしょうか。
http://www.unmillenniumproject.org/documents/AMVRP%20PressRelease%2018July.pdf

講義内容からやや離れてしまいましたが、先週からは以上です。

吉田 明子

2005/10/03

ODAが国の発展に対して必要か?

亀井さん、サックス教授の話の授業情報とフォローアップありがとうございます。

色々と授業でも活発に意見交換されているようで、この授業にでれないのが残念です。メールを拝読させていただいて色々考えましてが、私としては、サックス教授の言っているODA改革というのは成果が出ないのではないかと、以下3点から思います。

1.サックス教授は、ドナー国の利害の思惑にとらわれないODAを提唱してますが、基本的にODAは各国の税金が財源であり、その使用に国の意図が反映しないということは、財務省や政府の視点からは、国民に対して説明のつかない税金の使途を余儀なくされているということで、町内会のお付き合い程度の支出ならともかく、GDPの0.7%もの金額をそのように使うコンセンサスを先進諸国で取るのは無理ではないか。

2.また、技術的な問題から純粋に客観的な視点から政策を作ることはありえないので、各国の意図を除いた拠出金であっても誰かしらの意図は反映されるわけであり、その計画立案者は誰の利益を代表しているのか不明である。

3.サービスを届けるメカニズムやガバナンスが向上するための必要条件が何かという命題は、GDPの何パーセント先進諸国支払うべきか議論する前にあるべきではないのでないか。先に0.7%を決めておいて、その実効性の上がるためにはガバナンスの質を問うというのは、まず先進諸国の拠出金額増加という議論の出口ありきの国連改革案ではないか。

1と2の視点から、果たしてGDPの0.7%を各国が拠出するようになるか問題がありますし、3の視点から、例えGDPの0.7%を先進諸国が拠出しても十分な効果があがらない可能性もあります。またもともとGDPの0.7%が十分な量の資金援助かも不確かですし、資金援助を増やすことが発展につながるかどうかも不確かです。

多少過激な言い分ですが、コフィアナンのアドバイザーという立場上国連強化のために先進諸国から拠出金をより多く引き出す為の活動をするのは彼のTORの一部で、そこから0.7%という議論の出口だけが決まったというのが、このODA改革に過ぎないのではないでしょうか。うがった物の見方で申し訳ありません。

水野谷

平和構築:国連での議論

NY国連フォーラムの皆様、こんにちは。ユニセフ・シエラレオネ事務所に勤務しております根本と申します。

山内さん、平和構築を巡る議論の沿革と論点をまとめていただき、どうも有り難うございました。久木田さんのコメントにもありましたが、平和構築分野における国連の新たな取り組みについて、シエラレオネでの現状を簡単にご紹介させていただきます。(やや長文ですがご了承ください)

シエラレオネでは、1999年10月にUNAMSIL(United Nations Mission in Sierra
Leone)が設立され、10年にわたる内戦後のシエラレオネにおける平和維持を担ってきました。しかし、治安状況が改善したことなどを鑑み、PKOミッションが必要な段階は終了したとして、2005年末でUNAMSILの撤退が決定。今年6月には、国連安保理がUNAMSIL後も適切な統合的な国連のプレゼンスを確保するよう求めています。これを受け、フォロー・アップ・ミッションとしてのUNIOSIL(United Nations Integrated Mission in Sierra Leone)が設立されることが決まりました。山内さんがまとめてくださった通り、国連が平和構築の段階で、ミッションと各専門機関との「統合」というアプローチを試みるのは、シエラレオネが初めてのケースとなります。

それでは、UNIOSILとは一体どのような「統合事務所」となるのか、これまでのところ現場で把握できている範囲内で、その機構と機能の両面について簡単に触れたいと思います。

まず、UNIOSILの機構的な特徴として、平和構築を担う国連ミッションと国連各専門機関との組織的な統合が図られます。例えば、UNIOSILのトップ(Executive Representative of Secretary General)が、UNDP Resident RepresentativeとUN Resident Coordinatorを兼務し、シエラレオネで活動するすべての国連機関が1つの傘下に置かれることになります。このUNIOSILのトップには、現在のUNAMSILのDeputy Special Representative of Secretary General(既にシエラレオネのUNCountry Teamを統括)が、そのまま横滑りで就任予定です。

ただ、これは国連各専門機関が単純に融合し、突然1つの組織として活動を始めることを意味するのではなく、あくまでもUNIOSILという枠組みの下、それぞれがこれまでのように活動しつつ、まずはその調整機能をより一層強化することを目指していると言えます。一方、管理部門の一部については、そのプロセスや人員の統一・共通化が図られるという話もあります。例えば、現在、UNDPにいるField Security Coordinatorが、UNIOSIL Security Sectionのチーフとなり、シエラレオネにおける国連機関すべてのセキュリティの責任者となるようです。

次に、UNIOSILの機能はというと、UNAMSIL撤退後の国連各専門機関の活動の調整、ドナー・コミュニティとの協力、そして、平和の強化と長期的な開発のため、シエラレオネ政府を支援することにあるとされています。具体的には、UNIOSILは以下の5つの柱を持つ組織となる予定です―1) Peace Consolidation and Governance、2) Security、3) Human Rights and Rule of Law、4) Economic and SocialDevelopment、5) Public Information。特に、4) については、ユニセフを含むUN Country TeamとResident Coordinatorオフィスの活動をベースとして、その調整とサポートの役割を担うことになります。

このように、UNIOSILは、機構的にも機能的にも、これまでのPKOミッションとはかなり異なり、紛争後の平和維持から平和構築への移行という文脈で、長期的な開発までを視野に入れたユニークな性格を持つことになりそうです。

UNIOSIL設立に向けた準備の1つとして、昨年末にUNDP内にTransition Support Team(TST)が
作られ、UNAMSIL撤退後、その機能を国連各専門機関がスムースに引き継ぐことがきるよう、既に調整を始めています。例えば、UNAMSILにはPKOミッション内に初めてChild Protection
Advisorというポストが作られ、ミッション内部から子どもの保護を巡る政策面でのシエラレオネ政府のサポート、SRSGへのアドバイス等を担ってきましたが、こうした機能はユニセフが引き継ぐことになります。

ただ、現場レベルでは、UNIOSILが実際にどのように活動していくのか、まだ不透明な部分が大きいのが実情です。特に、4番目のマンデートであるEconomic and SocialDevelopmentについては、現在、国連各専門機関が担っている業務を、UNIOSIL内で誰が(これまでのPKOスタッフがそのまま引き継ぐのか?)どう「調整」し「サポート」するのか、当事者である我々もやや戸惑っているというのが正直なところです。

最後に、UNIOSIL設立に絡む背景として、1) Special Court for Sierra Leone(シエラレオネ特別法廷)の存在、及び、2)西アフリカの地域的安定の確保という、シエラレオネ特有の事情があることにも言及しておきます。中・長期的な平和構築という視点からは、これらの潜在的な不安定要因を抱える中、UNAMSIL撤退後も、シエラレオネにおいて国連が平和維持に関して何らかのプレゼンスを残さざるを得ないという側面があるのも事実です。本来であれば、PKOミッション撤退後、そのままTSTのような組織が指揮を執るかたちで、国連各専門機関が復興・開発への引き継ぎを行うというアプローチも考え有るかも知れません。しかし、シエラレオネの現状では、治安の確保について未だリスクが大きいと見られているようです。久木田さんが述べているように、長期的な開発、平和構築、治安は密接に関連している課題だと、強く認識させられます。

このように、まだまだ現場では手探りの状況ですが、こうした「統合事務所」を、平和構築に取り組む国連の将来のモデル・ケースとできるかどうか、2006年1月のUNIOSILの活動開始に向けて、平和構築委員会の設置の動きとともに、注視しているところです。

ユニセフ・シエラレオネ
根本

ODAが国の発展に対して必要か?

NY国連フォーラムの皆様、

在タンザニア日本大使館専門調査員の粒良です。

亀井さん、サックス教授の講義の報告どうも有り難うございました。今後も、是非興味深い講義内容がありましたら、教えていただければ幸いです。

サックス教授は、ドナー協調、財政支援の拡大・・・にふれられていたとのことですが、これらの国家レベルの動きと、現在サックス教授が中心となっている国連ミレニアムプロジェクトで進めているアフリカにおける「ミレニアム・ビレッジ」との関係がどのようになっているのか関心があります。

(ミレニアム・ビレッジについては下記ウェブサイトをご参照ください。)
http://www.unmillenniumproject.org/press/mvpfactsheet.htm

ミレニアム・ビレッジとして選ばれたアフリカの村に対し、科学的見地から、集中的かつ効果的な援助が行われ、その村がMDGsを達成したとして、それは、アフリカ政府の国家レベルの貧困削減への取組みとの関係においては、どのような位置づけとなるのでしょうか。

少々話がとんでしまって恐縮ですが、もし、ミレニアム・ビレッジについてサックス教授が講義の中でお話されることがあれば、是非教えていただければと思います。また、どなたかご存知の方いらっしゃいましたら、ご教示いただければ幸いです。

引き続き、NYからの国連に関する情報を楽しみにしております。

粒良麻知子
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Machiko Tsubura
tsubura@zae.att.ne.jp

ODAが国の発展に対して必要か?

橋本さん、水野谷さん、小澤さん、小西さん、フォーラムの皆さん

サックス教授の授業投稿へのコメント、有り難うございました。

念のため、サックス教授は授業の中で、水野谷さん、小西さんが指摘されていた点にまさに触れられていたことを追記しておきます。「ODAが増えたとしても、実質的には国の財政収支を補填する形では作用しないのではないか」との学生の質問に対し、サックス教授は現状のODA、特に支援国の意図や「プロジェクト」として実施されるODAでは確かに作用しない、今後はより一層のドナー協調、財政支援の拡大、また実際のサービスを届けるメカニズム、ガバナンスの向上がキーになると述べていました。アメリカのODAの半分がコンサルフィーである現状では、増額以前の問題である、とも。(日本のODAもこの点は同じ指摘を受けると思いますが。)

かめいはるこ

ODAが国の発展に対して必要か?

こんにちは。
私も一連のメールを読み、また最近カンボジアに来ていたサックス教授に同行して一連の会議や講演を聞いていて感じたことを書かせていただきます。
ODAの量の需要も当然ありますが、同時並行に質・Aid Effectivenessとガバナンスの問題を考えることが重要です。税収能力の強化(税収基盤を強化するのも大事ですが、実際は十分に取れていなかったり払わない習慣や汚職などが現地では多い)をすること、また、私がいるカンボジアでは政府の財政管理能力が弱いので、ドナーはお金を政府をバイパスしがちであり、OECD/DACパリ宣言でうたわれているように、有効な援助と政府の援助吸収能力・執行能力強化のためには財政システムなどの強化や汚職対策などを同時並行にやることが大切だと思います。そしてドナーは政府のオーナーシップを高め国家計画の優先課題にまとまって対処できるよう、また援助の重複を避けるために協調していくことが大事でしょう。現在、カンボジアでは多数のリフォームアジェンダがあり、ベンチマークの設定を行って政府・ドナー共同で達成度を見たり、アジェンダを進めるためのニーズをみたりしています。なおカンボジアではカンボジアMDGに基づいた中期国家開発計画づくりが現在行われていて、計画の中に具体的にMDG達成のための道筋をつけていくというのも大切で・u桙キ(実際はなかなか大変なのですが)。
また、保健などをどの程度、国が負担するのかというのは大きな政府か小さな政府を志向するのかという選択もあります。大きな政府を支援することはその分税収も増やさなくてはいけないし、国や自治体の能力がかなり強くないと難しいのではないでしょうか。
小西

援助と自立の問題

初めて投稿させていただきます。
Teachers College, Columbia University International Educational Development の修士課程にこの9月に入学しました、小澤みどりと申します。Teachers Collgeの授業で、亀井さんとお会いし、このメーリングリストに加入させていただきました。

私は、この6月まで3年間、インドネシアにおきまして、「産業人材育成」を目標に、ポリテクニック(高等教育なのですが、大学と比して、より実践に重きをおく教育。日本の教育制度にはありませんが、高専と専門学校を足して2で割ったような学校です)に初の情報工学科を創立するためのプロジェクトで、情報工学専門家として、日本政府から派遣されて働いておりました。本プロジェクトサイトは15年以上前にこのポリテクニックが初めて設立されて、最初の学科群を立ち上げた時からずーっと日本の援助が入っているサイトでした。日本側としても、成功事例サイト(確かに確実に産業人材育成に寄与していたと思います)であり、なかなか引き上げたくないという思惑もありましたし、それを相手国政府側もちゃんと悟っていました。そういうサイトで働いていて、援助と自立について、取りあえず自己を納得させるために見出した考えは「援助は日本国の外交の1手段である。よって援助は相手国のためを願ってはいるが、究極は自国のためである。」です。

自分はこのように、援助の現場、なかでもプロジェクトサイトに張り付いて相手国の人達の中で働いていたので、どうしてもミクロな部分に目が行きがちでした。しかし、どうしてこのプロジェクトないしプログラムデザインなのか、そもそも産業人材育成がどのように国の発展に寄与するのか、援助と自立についての、理想と、まさに目の前で繰り広げられている現実とのギャップを埋めるにはどうすれば良いのか、と、どんどんもっと上流工程のことが知りたくなり、大学院に入った次第です。

日本国の国益という視点からではなく、国際的な共通利益を考えていらっしゃるこのフォーラムの皆様方の発言、より上流工程の議論、非常に考えさせられ、勉強になります。コンピュータエンジニアをした後、エンジニアを育てる仕事をして来て、政治・経済のことがど素人な私にとっては、まだなかなか議論についてはいけませんが、どうぞよろしくお願いいたします。

まずは、ご挨拶がてら初投稿させていただきました。

小澤みどり
コロンビア大学 教育大学院 国際教育開発専攻

平和構築:国連での議論

山内様、久木田様、ニューヨーク国連フォーラムの皆様

コロンビア大学大学院(SIPA)の清水です。山内さん、平和構築委員会についての包括的なご説明、ありがとうございます。平和構築には関心を持っており、興味深く読ませていただきました。

同委員会の活動は、基本的には「助言」や「勧告」となっていますが、安保理理事国、経社理理事国、ドナー、要員派遣国、国連機関、国際開発金融機関、当事国、地域関係国/機関が一同に会するわけですから、実質的な政策対話の場になるチャンスがあると思います。「統合的なアプローチ」は、現場レベルでまずは進んでいるようです(山内さんがシエラレオネの例を挙げられたのに加え、東ティモールでもPKO後の平和構築ミッション(UNOTIL)が設立され、長谷川SRSGがUNOTILの長、常駐調整官、UNDP常駐代表を兼ねられています)。これをニューヨーク・エンドでも進め、国際社会の関心の惹起と資源の動員を図っていこうというのが、同委員会の意義だと思います。

今日、コロンビア大学のマイケル・ドイル教授と議論していて出てきた話なのですが、懸念としては、意思決定がコンセンサス方式とされていることです。それ自体は委員会の性質を考えれば自然なことだとは思うのですが、コンセンサス方式は全てのメンバーが拒否権を有するということであり、議論の対象とは関係のない自国の国益のために、票を「人質」とする国が出てきて、意思決定が遅れるおそれがあります。ここでドイル教授は、マケドニアが台湾と国交を持っていたことを理由に、中国がマケドニアPKO(UNPREDEP)の延長に拒否権を発動した例を挙げられました。せっかく平和構築委員会を設立しても、このような事態が生じれば、平和構築委員会なんて作らなければよかった、なんていう話になりかねません。

ではどうしたらいいのか、という肝心なところでアイデアはないのですが…。成果文書で定められた期限まであと3か月しかありませんが、同委員会が無用の長物とならないよう、設立の趣旨に合った十分な機能ができるよう、良く設計される必要があると思います。

あとは、日本としてどのように関わっていけるかという点にも興味があります。常設基金には多かれ少なかれお金を出すことになるとは思いますが、平和構築事務局にもぜひ人を出せればいいのではないかと思っています。

ODAが国の発展に対して必要か?

橋本さん、亀井さん、

おふた方のメールを興味深く読ませていただきました。
現在コロンビア大学で教育経済の博士課程に在籍している水野谷と申します。
お二人の話をお聞きして、幾つか思うところがありましたので、皆さんのお考えをお聞きしたく投稿させていだだきます。

1.ODAが国の発展に対して必要か?

財政赤字縮小のために、財政緊縮するのでなく、ODAのグラントを増加し、財政安定と政府支出拡大によるインフラ整備を目指す、という主張は国の会計としては筋が通っていますが、財政安定が国の発展にとって、最重要課題なのかという疑問があります。国によっては、通貨安定が、国の存在そのものを脅かす経済状態になっている国もあるでしょうが、そうでない途上国も多いのが現実ではないかと思います。緊急の対策を要する援助分野として通貨安定が必要な国もありますが、ODAが国の発達に対して必要かどうか一般論を述べるのであれば、一歩下がって国が自立していくための根幹となる要因を考えなければならないと思います。

私論で恐縮ですが、極論をすれば国が発達するための要因は次の2点にあると思います。

1.国の発展のためには、その国民を食べさせていく産業が必要である。
2.国の発展のためには、産業育成と再分配の国家機能が強化されなければならない。

経済の発達とその再分配の中でしか、国の発展は存在しない。その過程の中で、ガバナンス、透明性、法治国家としての素養、民主主義が涵養されていくものと考えています。税金を納めない国民と、税金の使い道を説明しない官僚と政治家の治める国が発展するというのは考えられません。

税金を徴収して配るという機能が国家機能の大動脈だと思うのですが、ODAは税金の入り口のベースである、産業育成のインセンティブにも、税収機能の強化のインセンティブにもなりません。また、ODAによって、資金へのアクセスがあり、債務超過になれば債務帳消しもありえるので、国の経済活動を根本から支える金融市場を発展させるインセンティブもありません。

この様に、ODAは発展に関する組織的なインセンティブを低下させますが、同様に個人レベルで人的資源に対するモラルの低下も招くと考えられます。アフリカで仕事をされた方は良く身にしみて分かってらっしゃると思いますが、多数の官僚は国の行く末を考えず、高給のもらえるNGOやその他援助機関への就職、海外研修、海外留学と海外で生活基盤を立てることに日々のエネルギーを使っています。政治家は重要ポストにつくと、いつでも海外逃亡できるように海外に家族を住まわして、できる限り国家資源を搾取しようとしたりします。国民意識の低い貧しい国に生まれたならば、この様な判断はむしろ合理的であり、ODAがこの様な合理的な判断をする環境を作るのに一役買っていると思います。

これらの観点から、緊急に援助を要する案件に対するODAは必要だと思うのですが、国の発展のために前述した2点に寄与しないODAは必要ないか、むしろマイナス要因の方が大きいのではないかと思っています。

2.国を超えた枠組みで援助を考える必要はあるか。

一般論として、一国一国は独自の存在であり、個人個人が自助努力で生活を成り立たせているように、国家も自助努力で発展していくべきであると考えています。ですが、例外はありますし、このような国には恒常的なODAによる援助が考えられてもいいかと思います。

例えば、日本では、「公平性の高い社会を作りたい」という社会的な合意と、「経済発展は都市化を通じて実現する」という経済の特質によって、都会で吸い上げた税金を、公共事業や米の政府買い上げを通して、恒常的に田舎に還流し公平性の高い社会を作ってきました。同様に、公平性の高い世界を作りたいというのであれば、世界の田舎には、世界の都会から恒常的に資金を還流してもよいかと思います。資源の無い、面積の小さい、人口の少ない、海のアクセスの無い国に経済発展を求めるのは非現実的ですし、この様な投資によってその国が安定するなら、この投資は近隣諸国にとっても意味のある投資であると考えられます。

あまり知られていませんが、この思想の延長上でILOでは「グローバルソーシャルトラスト」という基金を通して、途上国の健康保険のプレミアムを先進国が時限を切って援助するという仕組をルクセンブルグとガーナでやろうという試みがあります。http://www.ilo.org/public/english/protection/socfas/research/global/global.htm

ただしこれは一定期間後は被援助国が健康保険のプレミアムを負担するようにデザインされているので、恒常的な資金援助という訳ではありません。

3.マクロアプローチとマイクロアプローチの援助効果について

ここまでは、税収や産業育成などの、マクロアプローチについて論じてきましたが、民間及びNGOが主導するのが望まれる分野もあると認識しています。中央主権でやるべきもの(例:税制、水道、道路、国防、基礎年金)、地方主導でも有効なもの(例:小学校建設、地域健康保険)、民間でやるものやれる物(例:ビジネスネットワーク、年金の2階)の住み分けは援助効率を高める上でも重要かと思います一方、今日のネパールやフィリピンをみれば、民間援助の量が増大しても、その援助の国家発展に寄与する割合は比例しないと思われます。

以上がお二人のメールを見て考えたところの感想です。皆様はいかが考えられましたでしょうか?

水野谷

平和構築:国連での議論

山内さん、

平和構築に関する議論の背景と論点を分かりやすくまとめていただいてありがとうございます。紛争から開発へ、人道支援から復興・開発など、国際社会や国連の活動の中での「ギャップ」の問題をどう解消し、不安定な状況から安定した社会にするためにもっとシステマチックに支援、協力していこうという時代が来たことは大変意義のあることだと思います。

平和構築委員会の設置については、紛争から開発への不安定な時期を総合的に支援していくための支援オフィスと常設基金の設置、その役割と使用法、安保理、経社理、総会の役割など、全体の枠組みをいかに理想に近づけるかが重要な点だと思います。また、一方でシエラレオネの統合事務所の試みなど実践を通して学んでいくことも必要だと思います。(フリータウンの根本さん、今はどうなっていますか?)

私は、1989年に国連移行支援グループUNTAGとともにナミビアに入り、停戦以降のソビエト、キューバ支援団の撤退、南ア軍の撤退や、その後のDDRの不安定な過程を体験しましたが、人道支援が続く中での選挙が終わり、SWAPOの勝利が決まるとともに復興、開発へ国民の期待が高まっていったのを覚えています。独立までの数ヶ月の間に閣僚予定者と開発についての話し合いを何度も繰り返し、現場視察へも行きました。その間、南アでのアパルトヘイトの終息やアンゴラのサビンビの動きなど不安定要因はいろいろあり、開発への取り組みと平和構築、治安などが一体となっていることを強く感じました。

ユニセフでも来年一月の執行理事会に向けて、紛争や災害などの緊急人道支援の時期から復興・開発への時期の間の移行期Transitionのポリシーペーパーを作成しています。私は、その中の資金ギャップの問題を見ていますが、平和構築委員会と常設資金の行方は大変重要で、注目しているところです。

来週はコンゴ民主共和国に出張し、DDRのその後や開発への資金調達の話を世銀や他の国連機関とする予定です。現場の人に「ギャップ」のことを聞いて見ようを思っています。いい話が聞けたらまたフォーラムで報告します。

ユニセフ 久木田

平和構築:国連での議論

ニューヨーク国連フォーラムの皆様 初めまして。現在国連代表部経済部にて専門調査員をしております、山内と申します。本日は、「平和構築」の問題に関し、国連において行われてきた議論を可能な範囲で皆様と共有したいと思い投稿致しました。皆様と認識が異なる点があるかもしれませんが、有意義な議論のベースになれば幸いです。宜しくお願い致します。

今般採択されたサミットの成果文書の大きな成果の一つは、「平和構築委員会」の設置であると言われています。成果文書においては、平和構築において、「調整され、一貫性のある、統合的なアプローチ」が必要であると強調された上、国連がそこで重要な役割を果たすことができるとして、「平和構築委員会」を設置することが決められました。以下は、「平和構築委員会」に至るまでの平和構築を巡る議論の流れについて、私なりの見方を記したものです。

【平和構築に対するアプローチの変遷】
そもそも、平和構築が国連において最初に注目されたのは、1992年、当時のガリ事務総長が発表した「平和の課題」であったと言われています。「平和の課題」においては、紛争が始まる前の予防外交、紛争が始まった場合のpeace-making及びpeace-keeping、そして紛争が終結した後のpeace-buildingという流れが示されています。平和構築は、この流れのなかで、平和維持に続く活動として捉えられています。2000年に国連の平和活動の包括的な見直しを行ったブラヒミ報告が発出されます。同報告においては、平和構築は、紛争が未だ終結していない初期の段階から平和維持と並んで不可欠な取り組みであると考えられます。ここでは、平和維持と平和構築は同時並行で取り組むべき課題と捉えられ、両分野が「統合」した形で行われる必要性が指摘されています。

2004年、国連改革の議論の基盤となるハイレベル・パネル報告が発出されました。ハイレベル・パネル報告は、平和構築についても新しい考えを示しています。特に注目すべきは、(1)国際社会は、国家が紛争に陥ることを防ぎ(紛争予防)、また、紛争から立ち直ることを支援する義務があるとした上で、国連には紛争予防から紛争後の復興までを一貫的に支援する制度がないことを指摘したこと、(2)このような制度的なギャップを埋めるためのツールとして「平和構築委員会設置」を提案したこと、(3)この提言を通じて、平和構築概念を従来の紛争後の活動から、紛争予防を含むものに拡大したことです。両報告を受け、2005年、国連事務総長は、「In Larger Freedom」を発出しました。ここで、国連事務総長は、平和構築に関しパネル
が提起した問題意識(国連システム上の深刻なギャップの存在、平和構築委員会の設置)を共有します。しかし、事務総長は、平和構築委員会が早期警戒的な機能を持つことを否定し、ハイレベル・パネル報告が提案した紛争予防を含む平和構築の拡大された定義を退けています。

【統合問題と平和構築】
先ほど、ブラヒミ報告が平和維持と平和構築の「統合」が必要であると指摘していると紹介しました。この「統合」の議論の根底には、安全保障分野が人道・開発と密接に関連していること、つまり、政治的安定や治安状況の改善無しには復興・開発は困難であり、逆に復興・開発の進展無くしては、政治的安定・治安状況の改善も期待出来ないという認識があります。ここから、安全を追求する活動と復興・開発のための活動との密接な連携が必要という結論が導かれます。安全のためのPKO等の活動と人道・開発のための国連機関の活動の間の密接な連携、これが「統合」という概念の意味と考えます。

それでは、このような「統合」は、国連において如何に実施に移されてきたのでしょう。1997年、アナン事務総長は、国連が新たな課題に効果的に取組むための改革を打ち上げました。本部では、人道・開発・平和と安全の3つの分野で国連事務局関係部局と国連諸機関の調整メカニズムを立ち上げましたが、このうち「平和と安全理事会(ECPS)」を主催する政務局を平和構築のフォーカルポイントと認定しました。事務総長としては、平和構築については、政務局を中心とした体制により国連システム全体を「統合」しようとした訳です。しかし、政務局とPKO局、UNDP等との間で協力関係が上手く築けなかったこともあり、実際にはうまく機能しなかったと言われています。

一方、現場レベルでは、1997年の国連改革の一環で、事務総長特別代表(SRSG)の指導権限を強化し、SRSGを中心とした平和構築活動の統合を目指しました。これ以来、SRSGが、PKOを超えて、常駐調整官、人道調整官を通じ、平和構築に関わる活動の調整を行うことが幅広く認められるようになっています。(実際は開発及び人道支援活動を経験したDSRSGがRCやHCを兼ねることで活動の調整が行われています。)このような「統合」は、最近、さらに進化を見せています。例えば、スーダンのPKO(UNMIS)においては、DDR分野などで統合が深められています。また、シエラレオネにおいては、PKO撤退後に新たに平和構築ミッションが設立されますが、ここではミッションの長がRCやHCを兼ね、また、カントリーチームがミッションの一部となるなど統合に向けて画期的なアプローチが試みられています。

【平和構築委員会構想】
私は、平和構築委員会構想とは、このような国連における平和構築に対するアプローチの変化、「統合」への取り組みが新たな形で結実したものと考えます。平和構築委員会とは、国連本部において、加盟国を巻き込んだ形で、平和構築に関する「統合」を行う試みです。そこでは、安保理、経社理、ドナー、要員派遣国、国連機関、国際開発金融機関が当該国や地域関係国・機関と一体となって、平和構築問題を様々な角度から総合的に検討することが想定されています。委員会の具体的な活動について、私なりに成果文書が掲げているものを整理すれば、次の3つに大別されると思います。
(1) 紛争国との関係で、その国の復興・開発の戦略づくりを支援すること
(2) ドナーや援助機関との関係で、資金手当てや援助活動の調整を行うこと
(3) その紛争国に対する国際社会の関心を持続させること

成果文書は、委員会について述べた後、委員会を支援する平和構築支援オフィス、平和構築のための常設基金についても言及しています。支援オフィスや常設基金についての成果文書での扱いは大きくはありませんが、平和構築委員会の活動を支えるものとして重要です。委員会の活動が効果的に行われるためには、支援オフィスによるノウハウの提供が欠かせないと思います。また、常設基金が緊急に必要な平和構築活動への拠出を可能にすることで、委員会の活動は大いに助けられるでしょう。私は、平和構築支援オフィスと常設基金が委員会とセットになってこそ平和構築委員会構想が所期の目的を果たせるのではないかと考えています。

平和構築委員会は、理想的に機能すれば、個々の紛争案件において、現地状況を踏まえた平和構築のニーズを総合的に把握し、これに必要な資金手当を調整し、また、安保理に的確な助言を行うなど、平和構築に関する具体策を打ち出すことが期待されています。さらに、安保理に対し情報提供や報告が行われた結果、安保理による適切なフォローアップも期待されます。しかし、平和構築委員会の設置は支持されているものの、成果文書の審議において、メンバーの構成と選出方法、委員会の国連における位置づけ、委員会の助言はどの機関に対して行うべきかなど細部に入ると異論が続出し、各国の意見が収斂していないのが現状です。この最後の2つの点については、ハイレベル・パネルが安保理による平和構築委員会の設立を提案し、また、“In Larger Freedom”が委員会の報告が「まず、安保理に対し、ついで経社理に対し」行
われることを提言するなど、委員会の活動が主として安保理との関係で捉えられていることを思い起こす必要があります。成果文書を巡る議論においては、このような考え方を支持する先進諸国に対し、いくつかの途上諸国が総会や経社理による関与の拡大を求めたため、議論が紛糾したと聞いています。このように、委員会の活動のモダリティについて、加盟国の間で意見が対立しているなかで、成果文書が示すように12月末までに平和構築委員会が立ち上がるためには、更なる努力が必要です。サミットが平和構築委員会の設立を決定したといえ、その前途には多くの問題が控えているのが実情です。

J. Sachs: MDG and IMF-援助と自立の問題

フォーラムの皆様、こんばんは

コロンビア大学の橋本と申します。亀井さんと同じ、J.サックス教授の授業に出ています。

先日、教育開発政策の授業にゲストスピーカーとしてお越しになった、ユニセフのシニア教育アドバイザー、キャロル・ワトソン博士からもサックス教授と同じような趣旨のご意見を伺いました。いわく、援助に依存して一国の開発を進めることに対する心理的反発が強いのはなぜなのか。持続可能性の問題や国家としての自立の問題が取りざたされるけれど、なぜわれわれはいまだに国家という枠組みにとらわれた思考でしか問題を見ることができていないのか。一人ひとりの「人間」の視点に立てば、援助増額が当然の論理的帰結ではないのか。

一方で、この夏インターンをさせていただいたユニセフガーナでは、アフリカ人の上司が重債務国への債務帳消しはすべきではなかった、たとえ何十年かかっても、借りたものは返すべきだという基本的なことをアフリカ人は学ぶべきであり、アフリカの飛躍に最も必要なのはアフリカ人自身の援助依存症からの脱却である、と熱弁をふるっていました。

援助が最終的に一国の自立を目指すものであることについては、議論の余地はないと思います。しかしながらその過程で、援助依存症を避け、途上国が自立した政策運営を行うことは非常に難しいと思います。そのためにはMDG達成だけにとらわれて近視眼的になるのではなく、MDGの先を見据えた自立へ向けた開発政策が、援助側・被援助側双方にあること、が重要なのではないかと思います。同時に、ワトソン博士のおっしゃるように、国家という政治的枠組みに支配されていない、市民社会からの援助が、もっと安定してかつ大規模になっていけば理想的なのかなあ、などとつらつらと考えました。

実際に開発現場で活躍されている皆様は、援助と自立のジレンマにどのように対応されているのでしょうか?



橋本 のぞみ
コロンビア大学 国際行政学院
政治経済開発専攻

2005世銀年次会合

NY国連フォーラム、DC開発フォーラムの皆さん、

今日、早朝からNYとDCの往復をして、ユニセフの代表として世銀の年次会合に出てきました。と言っても、世銀を統治する「開発委員会」の会議場には入れないので、他の代表団の人々と隣接する部屋で大画面のモニターを見ながら、様子を伺うだけなのですが。ただ、開発委員会でのやり取りは、世界の開発に関する重要な議論がどのように行われているのか知るためにも大変興味深いものでした。一昨年は、MDGのモニタリングをめぐって、WolfensohnとClare Shortの言い合いなどがあってちょっと迫力あるシーンが見られました。先々週の国連サミットでのMDGの扱いを受けてどう展開していくのかも注目です。日曜日のワシントンは人もまばらで、一時のような反グローバリゼーションのデモ騒ぎもないようでした。

今回の年次会合には私もいくつか関心を持っている点がありました。アメリカのイラク侵攻の理論的立役者であったPaul Wolfowitzが、世銀の総裁として始めての開発委員会でどのようなアジェンダ設定をするのかということと、世銀やIMFがG8で取り付けた債務の帳消しをどう考えているのかということです。

Wolfowitz総裁は昨日の演説でも、貧困、MDG、アフリカなどのWolfensohnのラインを守ったように思います。開発は、労働力と資本の投入で計算できるほど簡単でないこと、いわゆる「ソフト」の大切さ、そしてNelson Mandelaの言葉を引用してのみんなのためのリーダーシップの重要性、Grameen BankやBRACを引き合いに出しての市民と政府を結びつけるCSOの役割など、開発関係者が喜びそうなことをちりばめての発言でした。世銀内部の評価を受けてのインフラ重視に大きく傾くのではないかという見方もありましたが、そのあたりは、過去の反省に立ったインフラ事業という言い方で、バランスがとれていたように思います。今後のWolfowitzの理論展開がこのリーダーシップ論を中心としていくのか、注目です。

さて、開発委員会の最初のセッションの最後、正午前に出てきたのが債務帳消しの際のAccountabilityの問題でした。スイスの代表が債務帳消しには反対ではないが、これだけの金額(HIPCにおけるIDA, ADF, IMFの債務を100%帳消しにする。約550億ドル)を誰も責任を取らずに帳消しにすると、納税者である国民にどう説明すればいいのか困る。途上国政府、他の援助機関の失敗、天災などの外部要因もあったかもしれないが、世銀やIMFの責任も問われてもしょうがない。同じような過ちを二度と繰り返さないことが大事だ、というようなことをいったとたん、それまでざわついていたモニター室の中がシーンとなりました。条件をつけて、指導もして、ローンを貸した銀行が、ミス・マネジメントの結果、不良債権を帳消しにしてもらって、しかもその穴埋めのCompensationをやっと先進国に取り付けて、これで肩の荷が下りるぞというときに、そんなことをいうなよ、という感じでした。開発委員会の議長として最後を飾る南アフリカのTrevor Manuel蔵相の力量とナイジェリアのンゴシ女史の「ヨーロッパだって戦争やって間違いしたけど、戦後復興を支援してもらって立ち直ったじゃないの」という言葉でなんとかその場を収めることができました。これで、のど元過ぎれば熱さ忘れるのか、それとも世銀やIMFが変わって、間違いを繰り返さないよう正念場として捕らえるのか、さてどうする、という問いかけを誰かがやらなければという了解があったのかもしれません。最後に出すコミュニケの取りまとめもこのあたりでの苦労があったようです。

午後の記者会見にもでました。債務の帳消しについては、このところの原油価格の高騰で、そのメリットも帳消しになるという意見もでましたし、コンディショナリティーの見直し議論、IMFのDe Rato理事長からも今後ODAが大量に増えることを考えるとそれを消化し、結果を出せるかどうかが問われている、という見解もでました。債務の帳消しが、途上国の保健や教育など人々のためになり、MDGの達成にもつながるような結果を出せるのであればいいのですが。香港でのDohaラウンドの展開も注目していきたいと思います。詳しくは、世銀年次会合のサイトへ。
<http://www.worldbank.org/ambc/>

最後に、私は世銀前総裁のWolfensohnの開発へ一番の貢献は、世銀を人間開発に近づけたこと、貧困を世銀のミッションだと言い切ってMDGを掲げたこと、そしてそれをモンテレー・コンセンサスにもっていったことではないかと思います。世銀の関係者から、貧困削減をミッションにして「開発」銀行でいくのか、それともマクロ経済の安定をIMFとやっていく「貸し金業」に徹するのか、内部にもいろいろな立場の人がいる。トップキャリアを目指す人はローンの貸し出し量で勝負し、開発をやりたい人は思い切ってやれない不満と、はやりのテーマが変わっていく不安をもちつつ仕事をすると聞きました。私も世銀のいろいろな担当者と仕事や交渉をしてきましたが、話がつうかあの人と、銀行屋さんの人がいるなあと感じました。そう単純ではないのでしょうが、開発への影響力が強く、ユニークな強みを持つ世銀ですから、そのちぐはぐな部分を整理して、世界の問題の解決に貢献していってほしいと思います。

久木田


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